伝言

 

 

飛行機がクリチバに到着して、ナタンとソフィは客室乗務員の優しい声で起こされた。飛行機はソフィがウイアラに伝えていた定刻の時間に着陸した。到着ロビーに入ると若い女性が二人を熱烈に出迎えた。彼女はソフィの元に駆け寄ってきて抱き合い、それからナタンにも同じように熱烈にハグをした。少しぶしつけだったかもしれない、と思い直して、彼女はナタンから離れた。ナタンが自分の大げさな出迎えを快く思っているか分からず、急いで、あなたのことはよく聞いている、実際に会うともう昔からあなたを知っている気がするのね、と言った。ソフィは、あなたが外交的な人だってことは彼には言ってあるのよ、と言ってウイアラを安心させた。ウイアラは、他にも何か話したの、とソフィに訊いた。ソフィはもちろん混血の美人だってことも伝えてるのよ、と答えた。ウイアラはソフィとナタンが訪ねてきてくれたことを大いに喜んでいた。好きなだけ長く泊まっていっていいのよ、本当に心からそう思っているの、と二人に言った。そうするうちに彼らは駐車場に着いた。ウイアラの友人アマオが車の中で待っていた。ウイアラは彼をソフィとナタンに紹介した。アマオはリオデジャネイロ出身だが、ウイアラとは当時住んでいたフランスで知り合った。クリチバ空港を出発して、アマオは東に車を走らせてモヘッテスというところへと向かった。ウイアラは、私は父親から受け継いだ大きな別荘に住んでいるの、と話した。父親のことはほとんど知らないの、知っているのはヨーロッパの生まれで、私が生まれてから何年か経って母親と私を置いて出て行ったことくらいね、と言った。彼はベロオリゾンテを出て、ブラジル南部のサンタカタリーナ州に戻った。彼の家族がそこに住んでいた。ウイアラの母親は一人でウイアラを育てた。ウイアラと母親が住んでいた地域には幸運にも強い絆があった。ウイアラはベロオリゾンテに今でも多くの友人がいた。彼女はとても若くして働かなければならなかったが、それは、学校に行けなくなったからで、彼女は空いた時間のほとんどを読書をして過ごしていたのだった。こうして彼女は作家としての才能を育んでいった。ウイアラはいつか父親の話をする時が来るとは思っていなかったが、前の年に、父親がフロリアノポリスで亡くなったとの知らせを受け取ったのだった。ウイアラにクリチバにほど近い小さな町にある別荘を遺した。そのこと自体が驚くべきことだった。父親は再婚していて、他に3人の子どもがいたからだ。ウイアラはフランスを出てブラジルに来て、その別荘を売ろうと思った。しかしその家に来てみて、彼女はすぐにその家から離れたくないと考えている自分に気がついた。興味深いことに、公証人が彼女に、父親は物事がこのように進むだろうと正確に予言していた、と言った。父親は公証人に、娘は別荘を売ろうとするが、ひとたび別荘に足を踏み入れるとそこを離れがたくなるだろう、と言っていたというのだ。ソフィは、父親の二番目の妻や子どもたちはウイアラが別荘を相続することに異議がなかったの、と訊いた。ウイアラは公証人の話をそのまま繰り返した。遺言では、二番目の妻と子どもたちは、フロリアノポリスにある自分たちの住む別の家を相続するとあった。また公証人は、二番目の妻もその子どもたちも別荘の存在を知らないと言った。二番目の妻は彼女の夫が再婚だったことですら知らないという。ソフィはウイアラを抱いた。ナタンもその話を熱心に聴いていた。沈黙が訪れた。場の雰囲気を和らげようと、アマオは音楽をかけた。
ナタンとソフィは周囲の景色を楽しんだ。この地域はブラジル北部とは大きく違っている。気温が北部ほどは暑くない。別荘が見えてきた。ナタンとソフィはとても美しい別荘だと思った。私有地の真ん中にあって、大きなマツの木に囲まれていた。ウイアラの母親が歩道で待っていた。彼女はシャーメインという名前だった。彼女はナタンとソフィに木陰で座っているように言って、アマオとウイアラには荷物を家の中に入れさせた。シャーメインは飲み物を用意していた。彼女はナタンとソフィを質問で攻めたてて、二人がブラジルをどう思うかを訊きたがった。ソフィはポルトガル語が断片的にしかわからなかったので、ナタンが質問に答えた。ナタンは、僕たちはサルバドールに滞在して、他にも北部の州で多くの素晴らしい場所に行ったのだと話した。シャーメインは、私も一度サルバドールに行ったことがあるの、と誇らしげに言った。みんなはとてもいい街だと話し合った。シャーメインはアフリカにも行ったのかと訊いた。ナタンが行ったよと答えると、彼女は、サルバドールはアフリカの外にあるアフリカの街だというのは本当かと訊ねた。自分が行ったことのある場所の中でもサルバドールはそう呼ばれるのに最もふさわしい街だとナタンが答えると、彼女はとても満足げだった。ウイアラが戻ってきた。サルバドールの話をしていることに気がつき、母親がカーニバルに行ったこと、人生のいい思い出になっていることを話したのだろうと思った。ウイアラは母親に、友達が訪ねて来て待合室で待っている、と伝えた。シャーメインは立ちあがって、ナタンとソフィによい滞在を、と言って友達のところに行った。
「ママはとても感じのいい人ね」ソフィはウイアラに言った。
「楽な人生を送っている訳じゃないのに、ママは人生の良い面をいつも見ることを教えてくれたの」
「ウイアラ、君もポジティヴに生きているね」ナタンが言った
ウイアラはナタンとソフィを見た。その言葉がウイアラにはとても嬉しいものだった。それから数日間、ウイアラとアマオは二人を近くの美しい場所に連れて行った。四人は美しい小さな街モレッテスを歩き、石の彫刻を手がけるアーティストに出会った。別の日には近くにあるパラナグアの海岸に行き、波を楽しんだ。バーベキューを楽しんでその一日は終わった。それから数日後、今度は電車に乗って峡谷に沿って進み、とても高いところから水が流れてくる滝の素晴らしい景色を楽しんだ。アマオは、ナタンとソフィがもし本当にすごい滝を見たいなら、イグアスの滝は必ず行かないと、と言った。アマオの友達が奥さんと一緒に経営している小さな宿が近くにあるという。ウイアラは週末そこに出掛けてみれば、と言った。ナタンとソフィはぜひ行ってみたいと思った。その日のうちに、アマオはエデルというイグアスに住む友人に連絡して、次の週末の宿を二部屋分予約した。イグアスに行く途中で彼らはクリチバに寄り、街を見てまわった。ヨーロッパの強い影響を受けている街だということが見てとれた。この二世紀の間にヨーロッパからたくさんの人々がこの街に来て定住した。高地にあるこの街は現代的で、入念な計画のもと造られていて、多くの公園があった。そのうえ、多くの人々が住んでいるにもかかわらず、静寂が支配している街だった。住み心地の良い街だ。四人はカップルに分かれて、中心地にあるホテルで一夜を過ごした。次の日彼らは飛行機に乗ってアルゼンチンとパラグアイ、ブラジルの間の国境に向かった。正午になる頃、エデルと彼の妻ベアトリスの宿に着いた。軽い食事の後、彼らは滝を見に出かけた。ここはとても有名な観光地だ。しかしナタンとソフィは自然の野性的な美を楽しむことができた。巨大な滝が、植物の豊富な公園のなかにあった。滝の水は大きな音を立てて淵に落ちて、たくさんの小さな島々の間をすり抜けていった。滝から戻ってくると、彼らはベアトリスの作った食事をたっぷり食べた。その夕食のあとで彼らはワインを数本空けた。話をしている途中で、ウイアラは自分の話をし始めた。
「私は書くことに自分の心のバランスを見いだしたの。空いた時間ができる限りは、どんなことがあっても書いているの。そうやってすべてのことをある見方のなかに整理するの」
「本は出しているの?」ソフィが訊ねた。
ウイアラはアマオの方を見て言った。
「書いたもののごく一部は出版したわ」
「よくウイアラに言ってるんだけど、彼女の書く文章は素晴らしいから、出版するべきだと思うんだ」アマオが言った。
「自分自身のために書いてるのよ。変わってると思うかもしれないけど、私にとっては、それが他人に接近する方法なの」
ウイアラはまだ何か言おうとしたが躊躇った。ナタンは続きを話してほしいと思った。
「ウイアラ、何を考えているの?」
「出版しない理由は他にもあるの。でもまだアマオ以外にはその理由を話したことがないの。その理由を知ってるのは彼だけよ」
「今話してもいいかもしれないよ」アマオが言った。
「何と言うか…私が書くものが、強く私を要求してくるの。読み返してみると、これを書いたのは私なのか疑ってしまうことがあるの」
ソフィは何か言おうとしたが、ナタンは、ウイアラに話をさせようという合図をした。
「読者が私のとても私的な秘密を知るということをなかなか受け入れられないの。書く人にしては奇妙なことに聞こえるだろうことはわかってる。私の外交的な性格を知っている人は特にね」
ナタンはとても興味を持ってその話を聴いていた。ウイアラが続けた。
「私は自分の書いた文章をどんな人と共有しているのかが知りたいの。彼らのためにそれを声に出して読んで、彼らが理解しているかどうかを知りたい」
イグアスの滝から戻ってきて数日後、ナタンは奇妙な夢を見た。どんな夢だったかを言わずに、彼はソフィに、明日の夜ウイアラと二人で話がしたいと言った。ソフィはその声の調子から何か大事な話だと察して、すぐウイアラのところに行った。
「ウイアラ、ナタンが明日の夜話があるって」
「大事な話なら、今聞いてもいいのよ」
「明日の夜話がしたいんだって。他の人にじゃなくて、あなただけに」
ウイアラは驚いた様子で、何も言わずソフィを見て、わかった、と言った。
「明日の夜アマオは友達と用事があって出かけるって。でも何の話かしら」
「心配しないで。ナタンはいい話だって私に言ったわ。信じて、もし信頼できる人がいるとすれば、それはナタンよ」
「何の話か知ってる?」ウイアラは興味を持って訊いた。
「ううん、先にあなたに話がしたいみたい」
ウイアラは面白そうだと思った。ナタンはどんな秘密のメッセージを彼女に伝えるのだろう。その日はそのことばかり考えずにはいられなかった。すぐにナタンのところに行きたいと思ったが、ナタンはアマオと一緒に街に出ていて夜まで戻らない。夜が更けて行き、ナタンとアマオが戻ってきた。二人は疲れていてすぐに寝た。ウイアラは眠くならずに、一晩中気をもんでいた。次の日彼女は自分が待ちきれないでいることがわからないように振る舞った。アマオが出かけるとき、ウイアラはソフィのところに行った。ソフィはナタンがベランダで待っていると言った。ウイアラはすぐにベランダに行った。ナタンはそこに立っていて、ウイアラに背を向けて外を眺めていた。
「話って何?」ウイアラが言った。
ナタンは振り返り、何も言わずに彼女の目を見た。ウイアラの好奇心は頂点に達した。ずっとナタンの話は何だろうかとあれこれ想像してきた。それはとても大切なメッセージのような気がしていた。ナタンはウイアラに近づき、書いたものがある場所に連れて行ってほしいと言った。ウイアラはナタンが何をするつもりなのかわからなかったが、彼の言う通りにした。二人は屋根裏部屋まで上がった。ウイアラは小さな部屋の扉を開けた。小さな天窓の下には机があった。月が部屋をぼんやりと照らしている。その机の後ろには本でいっぱいになっている棚があり、古い椅子が窓の前に置いてあった。ナタンは部屋を見回して、それから天窓のところに行って月を見た。ウイアラは気を張りつめていた。椅子に腰掛けると、ナタンに話は何かと訊いた。ナタンは振り向いて彼女のそばに座った。
「ウイアラ、きみは特別な才能を持っているんだ」
「私が?どんな才能?」
「書く才能だよ」
「ああ、それが話だったのね。ありがとう。私が本を出版すべきだってことが言いたいのね」
ウイアラは淡々とした口調で話そうとしているが、彼女にとってはとても大事な話題だということがナタンにはわかっていた。
「きみが本を出版してもしなくてもそれはさほど大事なことじゃないよ。僕はきみが出版をしたくないと思っている理由をつくっている、深いところにある気持ちのことを言ってるんだ」
「たぶん私は作家にただ向いていないんだと思う。自分でも自分の書いていることがわからないんだから」
ナタンは立ち上がってまた天窓の下に行き、月をじっと眺めた。ウイアラはそれを見ていた。
「僕たちはみんな自分が思っているよりもずっと素晴らしくて、自分が理解しているよりもずっと素晴らしい存在なんだ」ナタンは優しくそう言った。
この言葉でウイアラは涙を浮かべた。深いところにあった感情が表に出てきた。小さい頃から持ってきた奇妙な感情だ。ナタンはウイアラの方を向いて、彼女の前に立ち目をまっすぐに見た。
「そうだよウイアラ、僕はきみの秘密を知っているんだ」
ウイアラは顔がほてってくるのを感じ、汗がでてきた。一番恐れていたことが起きたのだった。書くことに対して感じている恐怖の本当の理由と向き合うことは避けられないことを知った。
「どうして他の人がきみの作品を読むということに抵抗を感じているのか、僕は判ってるよ」
ウイアラはソフィに言われたことを思い返していた。ナタンは他人の隠されたものごとを見ることができる、と。説明しがたい方法でナタンは彼女の秘密も知ることができた。ナタンはウイアラの恐怖心を感じ、彼女の手をとった。
「ウイアラ、僕たちは一人ひとり人生の目的があるってことを知ってる?」
「うん、常にそう信じてる」
「この世でのきみ自身の目的を知ってる?」
ウイアラは窓の方を見た。月が見えている。
「私の言葉の中には謎が隠れているの」そのことがずっとわかっていた、というようにウイアラは答えた。
「ウイアラ、僕たちは出会うべくして出会ったんだ」
ウイアラは気を張りつめて、ナタンは次に何を言うのだろうと思った。
「きみは書くことで大きなメッセージを託しているんだ。時がくれば、きみはそれを世に出すだろう」
「大きなメッセージ?私よく理解できていないかもしれない」
「ウイアラ、言葉のおかげできみは世界の隠されたメッセージを伝える才能を持っているんだ」
ウイアラは何も言わなかった。しばらく息をひそめていた。涙が彼女の頬を伝った。ナタンは彼女の両手をしっかりと握った。
「僕は知ってるよ。きみは思考の中で違うメッセージを伝えるように誘われていたんだ。きみが悪いものだとわかっているメッセージを」
「何度も大変な時期があったのよ、ナタン」
「もうそれにも終止符が打てるよ」
ウイアラの表情が明るくなった。
「ほんと?それは確か?どうしてそう言えるの?どうして?」
ナタンはそれには直接答えずに、静かにこう言った。
「きみがソフィに出会ったのは偶然じゃないんだよ。他の出来事も同じように、偶然に起こることは何もないんだ。どんな形にせよ、僕がきみの才能について真実を伝えるため、僕たちは出会ったのさ。きみがそのことに気がついたんだから、今度はきみが選択をする番だ」
「それが真実だと言ったけど、私は本当にその選択ができるの?」
「天賦の才能がどんなものであれ、それをどう使うかは誰も決められないよ。それが自由意志の基本だ」
ウイアラはナタンの言ったことをよく考えてみた。ナタンの組んだ手を見て、それからおごそかに、熱意を持ってこう言った。
「秘密の書き物はなくすわ。今日からはあなたからインスピレーションを受けること以外は書かないと約束する」
「今日決めたことによって、愛以外のものからはインスピレーションを受けなくなって、悪かった時期の体験からは常に解放されるんだ。この世にきみ以上にこの使命を遂行できる人はいないことを覚えておいて。それがきみの人生の目的だよ、ウイアラ」
「人生の高い目標を知ることができて嬉しい。それを知った今、私にとってその目標は大きな名誉のように思える。私とても多くのことを理解したのね」
「人生のなかで起こることはすべて、直接的または間接的に、この使命に関係しているんだ。宇宙は自分に必要な体験を僕たちに運んでくる。生まれた時から死ぬまでね」
「じゃあ私たちの選択は?」
「僕たちはその時々で自分の経験を管理する方法を新しく選択しているんだ」
ウイアラは驚きの目でナタンを見た。ソフィが彼について言っていたことを思い出した。
「よくわかったわ。もう怖くない。ありがとう、ナタン」
ウイアラは月を見てしばらく黙っていた。そしてナタンの方を向いてこう訊ねた。
「人類全てに影響を与えるような使命を持っているとわかったとき、何を感じる?」
「一人ひとりが人生に自分の使命を持っていて、それぞれの使命が人類全てに影響を与えるんだ。それ以上に、それぞれの思考とそれぞれの行動が宇宙全体に影響を与えると言えるよ」
ナタンは立ってウイアラにおやすみと言った。ウイアラはありがとうと言った。ソフィの居る部屋に戻って、ソフィに全て話した。寝る前に、ナタンは自分の仕事は終わったと思った。数日後、ナタンはソフィとサンパウロに向かった。ソフィはそこからフランスに向かって発つ。これから何をしようか、ナタンはまだ決めていなかったが、ひとつ確かなことは、ナタンの旅は終わりにはほど遠いということだった。
ナタンとソフィは二日間サンパウロで一緒に過ごした。サンパウロはブラジルの経済と文化の中心地で、世界でも大都市の一つだ。夕食の後、二人はイビラプエラ公園を散歩した。ホテルに戻って床に着くと、ソフィがこう言った。
「話さない方がいいのはわかってる、でも私たち次はいつ会えるの?」
「ソフィ、わからないよ。次の目的地だってまだわからないんだ」
「ナタン、訊きたいことがあるの。あなたの人生にとって私はどういう存在?」
ナタンはソフィの唇に優しくキスをして、こう言った。
「この世できみに対してほど愛を感じる人はいないよ。きみはスピリチュアルなパートナーだ」
「スピリチュアルなパートナーってどういうこと?」
「スピリチュアルなパートナーは、ただパートナーでいることよりももっと大きな意味のある関係の相手だよ。完全なものに近づいて、心の平穏を得ようとするために、この世で一緒に居る関係だ」
ソフィは何も言わずにナタンを長い間見つめた。今までに聞いたこともないほど誠実で、愛情に溢れた言葉だった。彼女はとても大きな自信を感じていた。頭をナタンの肩に置いて、二人は眠りに落ちた。次の日、二人は空港で別れた。ソフィは否定的な感情を持っていなかった。自分という存在で居ることにただ喜びを感じていた。
独りになったナタンはサンパウロの街を歩き回った。次はどこで自分の旅を続けようかと考えた。友人や知人たちと連絡をとって、近況を聞いた。みんなナタンが最近どうしているのか、とても興味を持っていた。ナタンは多くの時間をリベルダージという東洋系の地区で過ごした。そこで見る景色は、シモンとアジアに行った旅行のときのことを思い出させた。この旅がどれほど自分の心を豊かにさせてくれるか、そしてその文化についてまだ学ぶことがたくさんある、ということに気がついた。二日後、旅行代理店にあるショーウインドウの前を通った。白い帆をつけた青い船が海を進んでいて、そばに美しい砂浜が見えているポスターに目が留まった。ブリュッセルの彼の部屋の壁に貼ってあるポスターのことを思い出した。旅をしようと思ったきっかけになったポスターだ。ポスターにはこう書いてあった。『オーストラリア、世界の記憶がここに』その言葉が心に残り、その旅行代理店に入らなければと感じた。迷うことなく直感に従い、ナタンはそのドアを押した。中に入ってまず目についたものは、シドニー行きの航空便を宣伝する書類のフォルダだった。スタッフに価格はまだ有効かと訊ねた。フォルダにある価格はいま掲載されたばかりです、スタッフはそう答えた。何の躊躇もなく、ナタンはその便の一席を予約した。部屋に戻ってから、ナタンはようやく三日後にオーストラリアに行くのだということを実感した。そこで何をするかは見当もつかなかった。