思考

 

 

それから何日かの間、ナタンとヴァディムは夜一緒に長時間話した。デボラは時々彼らの傍に座ってそれを聴いていた。二人は、現代人が最も必要としているものは何かについて、長い話をした。ヴァディムは講演に向けて準備をしていて、ナタンはいつの間にかその手伝いとして貴重な存在となっていた。ヴァディム自身もその話題について豊富な知識を持っていたが、時々ナタンの明解な見解に感銘を受けることがあった。あまりに感心して、一ヶ月たたないうちにヴァディムはナタンに依頼をした。アトランタに招待されたヴァディムは同じ夜にロサンゼルスでも講演をする予定だった。そこでナタンに自分に代わって講演をしてくれないかと頼んだのだ。講演のテーマは『思考』だった。その会議ではこのところの数日間活発に議論されてきた事柄だった。ナタンは、喜んで講演を引き受けるよと答え、最初の大きな試練に向けて準備をした。聴衆は文学界の人々で、中にはとても有名な人も来る予定だった。講演はひらめきに捧げられたセミナーの一部だった。デボラはナタンについてロサンゼルスに行きたいと言った。数日後、ナタンとナイジェルは二人でヨセミテまで散歩に行った。美しい自然公園だ。二人は、再び本当に自分の行動の動機づけとなることは何かということを話していた。
「君が運命と自由意志について言ったことを友達何人かに話したんだ。みんな感心していたよ」
「ナイジェル、友達に話した本当の動機は何だったの?」
「どういうこと?」
「その本当の目的は何?ものを教えるため?それとも感心させるため?」
ナイジェルはナタンの言葉に少し戸惑っていた。ナタンは必ずしも答えを待っているわけではなかった。言いたいことははっきりしていた。
「称賛の声や力が欲しいと思う気持ちから自由になるんだ。その二つは人を幸せにはしない。その逆だよ」
ナタンはナイジェルにそのことを考えて欲しかった。そのもくろみは当たり、ナイジェルは気分が楽になった。
「心配しないで。個人の成長には必要な一過程だから。動機の元となる感情は何かということを知るようになることが大事だということはわかるでしょう?」
「動機も感情が元になっているの?」
「動機は思考でもあるよ。固有の存在なんだ。前に言ったように、僕たちは感情を思考に結びつける能力があるんだ」
「思考はどこから来るものなの?」
ナイジェルのその質問に、ナタンは彼の方を向き直った。講演をするロサンゼルスのセミナーに、ナイジェルも招待しなければと思った。
「ヴァディムに来週ロサンゼルスで開かれる会議で講演をしてくれないかと頼まれたんだ。思考の源泉について話すよ。一緒に来る?」
「もちろん!」
「わかった。デボラも来るんだ。週末はずっとそこに滞在するよ」
「セスの父親がサンディエゴに住んでいて、よく泊まりに来るように誘われるんだ。まずそこで過ごしてもいいかもしれないね。セスも喜んでくれるよ。話をしてみるよ」
それから数日間、ナタンは講義の準備をしていた。ヴァディムが的確なアドバイスをくれた。ナタンは短期間で見事なスピーカーになった。一方セスは彼らが会いに来ることをとても喜んだ。
ナタン、デボラ、ナイジェルとセスは飛行機でセスの父親が待つサンディエゴに向かって発った。彼は陽気な人で、デボラとナイジェルには会ったことがあった。ナタンに歩み寄ってきて自己紹介をした。名をリチャードと言った。
「君がナタンだね!話はよく聴いていたよ。息子の命を救ってくれてありがとう」
「お招きいただいてありがとうございます。プエルトアンヘルで起こったことは、僕たちみんなにより深い洞察力を与えてくれました」
「そう、確かにそのとおりね」デボラが言った。
「あれからセスはものすごく変わったよ。もっと落ち着いて思慮深くなった。何か関係があるかな?」リチャードが言った。
「大きな変化はすべてその人の内側で始まって、それから外側に出てくるものです」ナタンはそう答えた。
リチャードは、ナタンのその言葉が彼の人間に対する考えのことを言っているようだとはわかったものの、即座にはナタンの言わんとしていることを理解できなかった。リチャードは大きな庭のある邸宅に住んでいた。庭には澄んだ水の流れる池には魚がたくさんいて、貝の形をした大きなプールがついていた。セスとナイジェルは水着を着てプールに飛び込んだ。ナタンとデボラはリチャードの脇に座り、家を飾る木々の陰に入った。スペイン語を話す家政婦のアンナがやって来て彼らに何か飲みますかと訊ねた。ナタンは彼女がメキシコから来ているとわかり、最近メキシコに行って国中をまわったことを話した。彼女はこう言った。
「私はグアダラハラから来ました。私の家族はほとんどそこに住んでいるけど、私はそこにはもう5年も行っていないんです」
ナタンは家政婦が故郷を思い出して感傷的になっているのを感じた。故郷に帰りたくても帰れないでいるのだろうと思った。
「親戚たちに会えなくて寂しいでしょう」ナタンは彼女にスペイン語でそう言った。
「はい、みんなに会いたいです。故郷に帰りたい」
「心を込めて思いを馳せることです。心はすべての国境を越えます」
アンナは笑顔になり、こう言った。
「私たちの地方では、誰かに『愛』を感じるとき、より鋭い感覚でものごとが見える、と言います」
アンナは大きな喜びを感じながら、フレッシュジュースを作る支度をするために家に戻った。スペイン語のわかるリチャードは続けてこう言った。
「ナタン、君の洞察力はとても素晴らしいね」
「自分の心の声を聴くと、他人の心で何が起こっているかもわかるようになるんです」
「それはどうすればできるの?」リチャードが訊ねた。
「感情の深いところに話しかければ、ありのままの感情に届くんです」
リチャードはこの若者にだんだん興味を持っていた。
「ヴァディムの代わりに講演をすると聞いたよ。作家や脚本家で著名な人々も聴きに来るそうだね」
「明日の夜なんです。あなたも来ますか?」
「他に予定が入っているけど、スケジュールを変えられるよ」
「来て良かったと思うはずよ」デボラが言った。
少し沈黙があって、リチャードが
「ナタン、君は講演で大金を稼げるよ。助けになれると思う。つては大勢居るよ」
「ありがとうリチャード、でも僕はそれが目的ではないんです」
アンナがクリスタルのきれいなグラスにジュースを注いで持ってきた。
「じゃあ君の目的は何だい?」リチャードが訊ねた。
「僕が関心のあることは人類のことなんです」
沈黙が訪れた。みんなはフルーツジュースを飲んでいた。少しして、リチャードが言った。
「しかし、人類を助けるにはその手段が必要だろう。そうなるとお金が必要になる」
ナタンは贅沢なものが周囲にあふれていることに気づいた。これはリチャードにとっては慎重に扱われるべき話題ではないかと思った。ナタンは注意を払いつつこう言った。
「世界に不足しているのはお金ではないんです。足りないのは意識です」
「ナタン、それはどういうこと?」
「人類が本当に必要としているものを意識することです」
セスはフルーツジュースを飲み、プールに戻っていった。
「ナタン、君はお金を軽蔑しているのかい?」
「僕は、自分の生涯でお金の重要性ができるだけ低くなるようにしているのです」
「豊かになるのは間違っていると考えているの?」
「そんなことはありません。人から奪って儲けたお金でない限りは。でも、豊かさを最も享受している人々はしばしばそれを全く必要としていない人々だと、人生は教えてくれています」
また沈黙が訪れた。後でナタンはセスから、この言葉が彼の父親を考えさせたことを聞かされた。
「ナタン、訊きたいことがあるんだ。セスがより思慮深くなったと言ったときに、君は大きな変化はすべてその人の内側で始まってそれから外側に出てくるものだと言ったね。それはどういうこと?」
デボラはナタンを見た。
「私が答えようか?」
「お願いデボラ」ナタンが言った。
「ナタンが言おうとしているのは、大きな変化は個人の進化において目に見える結果だということなの。進化は生まれた時から始まって、人の経験することや、そこから得たものに応じて違ってくるの」
リチャードはうなずいた。その答えを聞いて彼は理解したようだった。
次の日、みんなはテラスで朝食をとった。
「今日は何をするの?」リチャードが訊ねた。
「サンディエゴの一番美しい場所に連れて行きたいな。それから海に行ってみたい」セスが言った。
ナタン、デボラとナイジェルはそれに賛成した。朝食の後、四人は街を訪れた。正午になって、みんなは土手に数多く集まるレストランのなかの一軒で昼食をとり、それから海に行った。ナタンはいつもの通りシエスタをとる場所を見つけた。ナイジェルもすぐにそれに続いた。デボラは読書をして、セスはヘッドホンをつけて音楽を聴き始めた。ナタンとナイジェルはシエスタを終えると、四人は泳ぐことにした。海から上がると、ナタンは他の三人に、もう少し海にいるから先に帰っているように言った。一人になると、ナタンは海を深く潜って、ガイドとしての最初の使命を成し遂げられるための力を得ようとした。海の中で、沈黙を味わい、自分のメッセージを最もよく伝える言葉をいつも見つけるために必要な力を得た。数日前にサンフランシスコの部屋ではじめて聴いたはっきりとした声がまた聞こえた。『宇宙は必要としている力をいつも与えてくれます』その言葉が自身を強くしてくれた。ある時から彼は、自分の人生は自分が伝えようとするメッセージに依存していて、宇宙のすべてが彼を助けてくれるということを知っていた。今日彼はそれを、自分をつくるすべての細胞レベルで理解した。海から上がると、自分が揺るぎない自信がついていることを感じた。これほど自信を強く感じたことはなかった。リチャードの家に戻ると彼はシャワーを浴びて、みんなと一緒にテーブルについた。アンナが美味しそうな魚料理を作ってくれていた。食事が終わると、みんなはロサンゼルスに向かう準備をした。それぞれが講演のために綺麗な服を着た。ナタンは白いパンツを穿き、綺麗な青いシャツを着た。5人は光沢のある黒塗りのリチャードの車に乗り込んだ。何時間か走って、彼らはロサンゼルスに着いた。講演の開かれる建物では、予期していた以上に多くの参加者が集まっていた。いつもヴァディムの講演に同行しているデボラも、出席者の多さに驚いていた。多くの著名人が来ていたため、取材するジャーナリストも来ていた。今晩は3人が講演をすることになっていた。それぞれ30分講演し、途中15分の休憩がある。一人目の講演者は有名なシカゴの心理学者で、彼は長いキャリアを持っている人だった。二人目はブラジルの哲学者だった。ナタンは三人目で、ヴァディムに代わって講演をする。ナタンは落ち着いていて、そのことに自分でも驚いていた。その代わりナイジェルとセスは緊張していた。デボラはというと、ナタンの冷静さを見て落ち着いた気分になっていた。彼らは座る場所を見つけて、横に並んで座った。
最初の講演者は脳の役割について話した。彼は話を聴衆に合わせて、シンプルで分かりやすい言葉を用いて話した。最初の休憩を挟んで、二人目の講演者が壇上に登った。彼が現われたとき、リチャードはとても興奮した様子だった。セスが理由を訊ねると、父親は、講演者は自分の旧い友達で、数年前にブラジルに移り住んだのだと言った。素晴らしいサプライズだった。その哲学者は四十代の浅黒い肌をしたハンサムな男性だった。メルヴィンという名前だった。現実主義の知性が現実をどう解釈するかということに関して興味深い説明をした。彼は、われわれはある現実を、それが表に現れてきたときに、五感を使って知覚すると述べた。そしてその直後に、われわれの感覚は現実を明らかにすると同時に現実を隠すことにも注意しなければならないと指摘した。それからメルヴィンは、現実はさらに三つの次元に分けることができると言った。その二つはほぼ皆に馴染みのあるものだが、多くの人はこの三つめの次元を見つけることが必要だという。ナタンはその言葉を一語一句記憶に留めた。
メルヴィンはその第一の次元を物質的世界の観察と表現した。彼はそれを『第一の現実』と呼んだ。それぞれの人は人生の中で、個人の進化の度合いに応じてその現実を経験するのだと言った。第二の次元はわれわれを取り巻く思考の世界のこととした。この第二の現実では、すべての意識的な作用を例外なく見ることができる。
メルヴィンは第三の次元により多くの時間を割いた。この現実は意識の知覚で、われわれを自分の深いところにある本質に近づかせるという。この知識は物質的世界を越えて存在していて、第一の次元には見つけることができない。思考を越えるものなので、第二の次元にも見つけることができない。メルヴィンは、その第三の次元は個々でのみ知覚することができ、個々の訓練によってのみ自分の意識に辿り着くことができ、また真に欲しているものを理解することができるのだと強調した。
ナタンとリチャードは目を合わせた。前の日にも、二人は人間が本当に必要としているものについて話したばかりだ。メルヴィンのここまでの言葉から、ナタンは彼が多くのことを示唆していると感じた。休憩時間の間に、リチャードはメルヴィンを探しに行った。少し離れたテーブルで水を飲んでいるメルヴィンを見つけた。他にも何人かの人が彼に挨拶をしていた。メルヴィンはリチャードを見てすぐに彼だと気づいた。二人は再会を喜んだ。リチャードはどうしてこのセミナーに来たのかを話した。メルヴィンはシアトルでヴァディムに会ったことがあり、いい印象を持っていて、ヴァディムの講義の組み立てが素晴らしかったと言った。そしてヴァディムの代わりの講演者が誰であろうとも面白い講演になりそうだと言った。メルヴィンは、ナタンが今夜初めて講演をすると聞いてとても驚き、ぜひ彼の話を聴いてみたいと思った。リチャードは周囲を見てナタンを探し、話に加わって欲しいと思ったが、ちょうど休憩時間の終わりが告げられた。メルヴィンはリチャードのとなり、さっきまでナタンが座っていたところに座った。ナタンの名前が告げられた。ナタンを紹介した女性がヴァディムのコメントを読んだ。出席できないことをお詫びします。皆さんは、メッセージを伝えることに関して特別な才能を持った彼の、最初の講演の場に居合わせる光栄な方々です。紹介が終わるとナタンが立ち上がった。マイクに向かって歩いて行くと、ヴァディムの言葉にユーモアで答えた。
「ありがとうヴァディム、プレッシャーがまだ足りないと言わんばかりですね」
ナタンは出席者を見渡した。自分が緊張であがっていないことに驚いていた。壇上にいても、いつも通りリラックスしていた。聴衆が注意して聴いている様子がさらに気分を楽にさせた。宇宙のすべての力が自分を支えているのだということを感じていた。自分がこういう場面を経験することを運命づけられているように感じた。ヴァディムに、このような機会を与えてくれたことと、敬意のあるコメントを寄せてくれたことに対して感謝を述べて講演を始めた。それからナタンは出席者に、講演は人間のもつ動機がどこから来るものかということについてで、ヴァディムの助力を得て講演の準備をしました、と話した。続きを話す前に、ナタンはカメラマンに講義の録画テープを貰えるかどうか訊ねた。カメラマンの男はその質問に驚いたが、そのようにしますと答えた。こうした導入部の様子に、聴いている人々は興味を抱いた。ナタンは彼らの注意を惹くことに成功した。
「今夜皆さんのなかには作家、脚本家や俳優、その他クリエイティヴな仕事にかかわる人々が出席されていると聞いています。つまり創造することがいつも思考を介して実現することを理解している方々です。問題は、人間は一人ひとりがユニークなものを実現するためにこの世に存在すると知りながら、みんながなぜ創造的に思考を管理しないのかということです。まず思考の性質からお話しして、次に何がある思考を行動に変換するのかを考えていきましょう。前の講演者の言葉を借りると、三番目の次元の知識を二番目の次元の知識に、そして一番目の次元の知識に変換するのかということです」
ナタンはメルヴィンに目配せをした。メルヴィンは微笑みを返した。
ナタンはそこで思考の機能について、詳細な説明をした。彼は、どのようにわれわれの思考がある計画、宇宙の進化の一部をなす、詳細に定義された計画の、あとに続いて生まれてくるのかを説明した。ナタンは何度か宇宙の秩序について話した。加えて、建設的な思考と破壊的なそれとを区別することの重要性についても話した。また、建設的な思考を知り、それを創造的に管理するようになれば、それまでは秘められていたことも実現することができることを説いた。ナタンは最後に、皆さんは世界全体に新しい考えを広めることのできる恵まれた立場にいることを自覚してくださいと言った。その立場がもたらす機会と、そのために負っている責任の両方があることを強調した。
ナタンが講演を終えたとき、少し沈黙があった。彼の言葉は出席者一人ひとりに響いていた。出席者は拍手を始めて、それから立ち上がって感嘆の意を表し、その拍手が次第に大きくなっていった。そして、聴衆のほとんどがナタンと話をしようとした。ナタンが友人たちのところに戻るのにしばらく時間がかかった。友人たちはその講演を称賛して、出席者はナタンの講演に間違いなく心を打たれたよ、と話した。それからナタンはメルヴィンに挨拶をした。二人はそれぞれの講演の話がお互いに勉強になったと感謝の気持ちを伝え合った。ナタンはもう始まって数年が経つ自分の旅の話をして、今はサンフランシスコでヴァディムとデボラ、彼女の母親とともにヴァディムの家に泊まっているのだと言った。メルヴィンは合衆国にもう何週間か滞在してからブラジルに戻るのだという。話を聞いていたデボラは、サンフランシスコで父親と会いませんか、父親もあなたに再会できると喜びますよ、と言った。メルヴィンはありがとう、是非会いに行きますと答えて、でもその前にまず別の仕事を終える必要がありますと言った。別の知人と話をしていたリチャードが戻ってきて、バーに飲みに行こうと言った。メルヴィンとリチャードは彼らの若い頃の思い出を語り、その夜は楽しく過ぎていった。
次の日リチャードはサンディエゴに戻り、一方ナタンは友人たちとラグナビーチに出かけた。ナタンはその場所が気に入った。皆で長い間散歩をしたのち、アートギャラリーを訪れた。ジェニファーがかつてここで展示をしたことがあるんだよ、とセスが言った。ナタンはソフィのことを考えた。ソフィとジェニファーはもしかしたら知り合いかもしれない、そう考えた。ニューヨークでやったように、ナタンはソフィがここで展示をすることができるか訊ねてみた。ギャラリーの所有者はもちろんですと答えた。
その次の日、若者たちはサンフランシスコに戻った。飛行機の中でナタンはこの数日間で起こったことを考えていた。戻ると、ナタンはヴァディムから、講演が無事に終わったことを祝福された。ヴァディムは、その講演が良かったという良い反応を聞いていると言った。その後数日、ナタンは様々なところからよりたくさんの講演の依頼を受けた。しかし彼はどの招待も断ることにした。
カーメルの月一回の会合が次の週末行われる予定だった。金曜の夜、デボラと彼女の母親はそこに赴き、ナタンもついて行った。ヴァディムはその次の日に加わった。セカンドハウスに着くと、デボラの母親は眠りについた。ナタンとデボラはまた散歩に出かけた。夜になって、二人は星空を眺めた。そのときナタンはどこかで読んだことのある言葉を思い出した。夜になると、思考が新しい客を人間の中に探す、という言葉だ。デボラはナタンに、会合はとても長くなるかもしれないから、明日に備えて十分休んだほうがいいよ、と言った。ナタンは、もう今休んでるところだよ、この場所にいると気持ちがいいから、と答えた。
その次の日、その会合のために十人くらいの人々が集まった。ナタンは集団の中で圧倒的に最も歳が若かった。客のほとんどは教授や科学者で、アメリカ合衆国のあらゆる場所から来ていた。みんなお互いのことを知っていた。ナタンはその例外だった。午後、みんなは居間に落ち着いてコーヒーを飲んでいた。冒頭に、ヴァディムはナタンを紹介した。この若者は長い旅をしている途中で、ヨーロッパを出発してアフリカに行き、それからアメリカ大陸に来ているのだと話した。それから、ヴァディムはナタンがロサンゼルスで講演をして、その評判が良かったことを話した。そこにいた人の一人が、最初の講演だったにもかかわらず、ナタンはロサンゼルスで自分を大きく印象づけたと聞いている、と話した。別の人が、ナタンに講演のテーマは何だったのかと訊ねた。
「出席者が文化の分野の人々が多かったので、彼らの作品において本当の動機となるものは何かを考えてもらおうと思いました。それから、彼らの持つメッセージがもたらしうる結果について話しました」ナタンはそう答えた。
集まった人々はみな、ナタンが歳は若く経験はまだ浅いのもの、批評の目の肥えた人々の前で敢えてそのようなテーマを扱ったのは、自分に大きな自信を持っているからだと思った。しかもナタンは講演を成功させている。
議論が始まった。集まった人々は、いくつかのトピックについて議論した。ナタンは出しゃばろうとせず、話を注意して聴いていた。しばらく経って、ある婦人が、ナタンに今までの旅で学んだ一番大きなことは何かと訊ねた。ナタンはしばらく考えてこう答えた。
「多くの人々が、自分の感情に耳を澄ませることをせずに生きていて、そのために自分の目的と行動とが一致していないという事実です」
ある男性は、そういうことが起こる一番の要因は何だと思うか、とナタンに訊ねた。
「世界は知能と技術の発達にだんだん重きをおいて進化しています。そのため、人類は競争する環境に自らを置いて、身体的あるいは精神的な側面を軽視するようになっています」
ナタンは少し間を置いて飲み物を飲んだ。ナタンはその間を置く時間が、人々の注意を最大限惹きつけるように注意を払った。彼は話を続けた。
「ほとんどの人は、自分の人生の真の目的を暴いてくれる徴を見つけようとしていないのです。心から満足を与えてくれる具体的な活動をしようともしません。多くの人にとっては、お金や社会的地位が重要なのです」
ある人が、ナタンの言う心のなかの感情に耳を傾けるという考えは世界中に広められなければならない、と言った。
「ナタン、どう思う?」ヴァディムが訊ねた。
「考えを決して押しつけてはいけないですね」
ある女性が、それならメッセージをより軽く伝えるべきだ、と言った。ナタンは別の言葉を引用して、そのことをみんなに考えて欲しいと思った。
「入っている壺によって水の形が変わるように、すべての考えは伝える人によって違う形をとるのです」
ナタンはこう言って、考えの多様性を説明した。同じ女性が、それではどうすればいいと思うか、と訊ねた。
「他人に考えを押しつけることはできません。しかし私たちにできること、それは他人に考えさせるように仕向けることです」
誰かが、すべての人々がそのことに気づくまでには間違いなく何百年とかかるよ、と言った。それに対してナタンはこう言った。
「もし考えが十分に力強く表明されれば、時が役目を果たすことはないでしょう」
沈黙が訪れた。誰も何も言わなくなり、皆の視線がナタンに向けられていた。ナタンはこう続けた。
「言いたいことは、理想の世界からわれわれを遠ざけているのは一瞬の差でしかないんです。同じ考えを持ってそれを行動に移すための一瞬の差です」
ナタンはその会合の間、来ている人を誰一人として無関心にはさせておかなかった。翌日から、ヴァディムとナタンは世界の未来について話し合った。
ある朝、二人に宛てられた手紙がブラジルから届いた。ナタンと同じ日に講演をした、あの哲学者のメルヴィンからだった。やらなければいけないことがあって、サンフランシスコを訪れる時間を作ることができていない、そのことを謝りたい。その代わり、二人をブラジルに招待したいということだった。彼の友人の一人が持つ宿屋に泊まることができる。その宿屋はサルヴァドール・デ・バイアの近くにある海岸にあって、メルヴィンはその街の中心部に住んでいるという。ナタンとヴァディムは話し合って、学校の休暇の間にブラジルに行くことを決めた。ヴァディムは一週間しかいることができないが、仕事のないナタンはもっと長くとどまることにした。二人は休暇の最初の週末に出発した。デボラとナイジェル、セスは空港まで二人について行った。三人は再会できたことをナタンに感謝した。まずセスがこう言った。
「僕が助かったことで、ひとつの人生が終わって、新しい人生が始まったんだ。その復活は君のおかげだということを決して忘れない。約束するよ」
二人は抱き合った。ナイジェルはこう話した。
「君のおかげで、人はいつも運命を変えることができること、一人ひとりが大きなことを実現できるということを知ったよ。きみにそのことをいつも感謝するよ」
ナイジェルの感謝の言葉のあと、ナイジェルとナタンは抱き合った。デボラがお別れの言葉を言う番になった。彼女は涙をこらえようとしてこらえきれなかった。
「あなたは人間が受け取ることのできる一番美しい贈り物を私に届けてくれた。宇宙に横たわる設計図が確かに存在するという、揺るぎない確信を与えてくれたの」
そして、デボラはナタンの耳元でこう囁いた。
「たとえ私たちがまた会うことがなくても、私はきっとあなたの話を耳にするでしょう」
ナタンはデボラの目を見て、何も言わずにお互いの考えを知った。二人は抱き合った。
ナタンは友人たちに最後のメッセージをこう送った。
「お互いのことを気遣って。自分の人生の意義は、他人の人生に意味をもたらすことだということを忘れないで」