現実

 

 

シエスタを終えるとナタンは屋上のテラスに上がった。テラスは白い布の四角いテントで飾られ、その下にいくつかソファが置かれていた。サナはすでに来ていて、アトラス山脈とパルメライエの全景を見つめていた。ナタンはそこに加わった。二人はテントを選び、小さなテーブルの周りにあるスツールに座った。家のお手伝いをしている人が二人、彼らに美味しそうなタジンを運んできた。
「モロッコは気に入った?」サナが訊いた。
ナタンはしばらく考えて、
「自分の感覚を刺激してくれる国だね。初めての味、初めての匂い、初めての映像、常に驚いているよ」
「モロッコは遠い昔から異なる文化が交差する場所だった。存在する目的を知るようになるには理想的な場所よ」
詳しく訊きたいと思い、ナタンはサナの話に神経を集中させた。サナが続けた。
「私たちが今出会ったことは、あなたが隠された現実の世界に深く入る用意ができているということ」
「隠された現実?」
「それは感覚によって得られる知識ではなくて、意識の高い状態によって得られる知識なの」
「感覚によって世界を理解しなかったら、どうやってできると言うの?」
「自分の直観だけが自分を意識の高い状態に置くのよ!」
サナは両手でナタンの両手をとって、すべての意識を向けるように求めた。
「明日、あなたは高い意識の世界に入り込む準備を整えるの。密度の濃い体験になるはずよ。その後、世界は全く違って映るようになる」
ナタンは好奇心を刺激された。
「私たちを動機づけるものや、私たちの選択といったものに影響を及ぼすものを、とても明晰に意識するようになる状況に身を置くことになるの」
「どうやってその状況に置かれるの」ナタンは訊ねた。
「ミュージシャンの人たちに会うのよ。彼らは自分たちの音楽と歌でトランス状態を誘発することができる。その音楽が高い意識の世界へ、初めての移動をさせてくれるのよ」
「初めての移動ということは、まだその後もあるということ?」
「その体験のあと、移動はもっと速くできるようになって、何の移り変わりもないと思うまでになるの」
ナタンはサナが今言ったことをよく考えた。もうすぐ全く違うレベルで現実を解釈する状態になるのだと理解した。サナは、その考えをしばらく温めさせておきましょう、明日私たちはウアラザザットに行くのよ、と言った。
食事を終えると、サナとナタンはメディナの小道をひとめぐりした。もう暗くなっていた。メディナの中心部は異国の香辛料の香りを発していた。二人は『奇跡の場所』と名付けられた場所に着いた。そこには蛇使いや火を吐き出す者、曲芸をする者などがいた。
次の日、サナとナタンはバスに乗ってウアラザザットに向かった。途中素晴らしい風景が広がっていた。いたるところにオアシスやナツメヤシがあって、植物がだんだんまばらになっているだけにますます美しく見えた。ナタンは感心していた。これから起こるスピリチュアルな体験のことを考えて胸が高鳴っていた。ウアラザザットはヤシの木が印象的で、砂漠の入り口に絵に描いたような美しい街だった。バスから降りると、サナとナタンはタクシーに乗り、立派な邸宅の前で降りた。大きなナツメヤシの木々に囲まれて、その家は牧歌的な静けさを醸し出していた。
サナが入り口のドアを叩くと、男性が来てその重い扉を開けた。男性はサナとアラビア語で少し言葉を交わして、それからナタンを何も言わずにしばらく見たあと、まるで長旅から帰ってきた息子を迎えるように胸に抱いた。その人は名をラシッドと言った。ラシッドはサナとナタンに中に入ってと言った。中で、ナタンはラーセンとサイードという二人の男性と出会った。サナはまたアラビア語で、二人でどうしてここに来たのかを長々と説明した。ナタンは彼らの話があまり分からなかったが、サナが要点を聞かせてくれた。いわく、二人はそこに数日とどまることになる。最初の夜、ナタンはイニシエーションを受ける。次の日、二人はサハラ砂漠に行って儀式を執り行う。砂漠にいる間、ナタンは食べることも飲むこともできない。水以外は。ナタンは、要求される努力は彼が獲得するであろう知識に比べれば何でもないと答えた。その答えにみんなは満足した。
その会話の後、サナとナタンはウアラザザットに出かけてくつろいだ。街はまるで歴史の本から出てきたようだった。二人はまた隣の村にも行った。そこでは住居は粘土造りのものだった。ナタンはその村に特に感銘を受けた。
その夜、ナタンはイニシエーションを受ける準備をした。イニシエーションはラーセンとサイードが施す。イニシエーションに続いて砂漠で行われる儀式はラシッドが務める。ナタンはサナの脇でカーペットの上に座った。ラーセンとサイードが彼らに向かい合った。中央には本が一冊置かれた。彼らの教えが凝縮された本なの、とサナが言った。彼らがこれから大きな声でそれを読むのよ。
「始める前に、彼らが何か質問はあるかと訊いているけど」サナが訊ねた。
ナタンは少し考えてこう言った。
「どうして、砂漠での絶食が優れた知識の世界における僕の最初の経験の中に入っているのか知りたい」
サナは彼らの答えを訳した。
「行動する前に考えてみることはいいことだ」サイードは言った。
質問に答えて、ラーセンは砂漠の秘密のことを話した。そしてサイードが、絶食が全く特別な力をもたらしてくれるのだと説明した。ラーセンは本を開いて、砂漠に関する一節を読んだ。
「われわれの生来の感覚は、優れた真実を覆い隠さない。その真実を知るためには、その先に行かなければならない。砂漠はわれわれを、すべてを委ねた状態に置く。それは、森羅万象とより強く繋がる感覚にわれわれを導く体験である」
サナは訳を伝えて、その答えで十分かどうかナタンに訊ねた。自分の中でその言葉を響かせたあと、ナタンは納得して頷いた。今度はサイードが本を取って、絶食に関する一節を読んだ。
「絶食の原則は、一時的に肉体と精神の健全さに必要なものにわれわれを制限することである。これは、われわれの熱望するものが今のわれわれを決定することを悟る訓練である。しかし、将来のわれわれを決めるのは、われわれの熱望するものを抑える能力である」
サナは少し間を置いて、ナタンがよく理解しているかを確かめた。それは確かにその通りだということを少し言ったあと、ナタンはこう言った。
「本に書いてあることがこれほど説得力を持った答えを与えてくれることは滅多にないよ。どうして砂漠と絶食が儀式の一部になっているのかがわかったよ」
ここでラーセンとサイードが大きな声でイニシエーションの文章を読む準備にとりかかった。優れた意識の世界で獲得できる三つの段階についての記述だ。サナはナタンに書くものを渡した。
ラーセンは最初の文を読んだ。
「優れた意識は、われわれに思考と感情との関係を知覚させて、人生のそれぞれの瞬間に何が起こっているかを理解させてくれる」
サイードはナタンがすべて書き終わるのを待って、二番目の文を読んだ。
「われわれの生活のそれぞれの瞬間に横たわる創造の源泉を理解したとき、われわれは徐々に人生が贈り物だということを理解するようになる。そして宇宙のすべての要素とわれわれとを結びつける完全なまとまりを把握すると、われわれは世界の一貫性を少しずつ、より信頼するようになる」
サイードはサナに三番目の文を読まないかと言った。サナは本を取ってアラビア語で読み、次いでそれを訳した。
「優れた意識の領域で経験することは、われわれが自分の人生にどのようにより多くの意味を付与するかを理解させ、より大きな存在に気づかせる」
サナは今後数日の間に、ナタンにその文章の意味を完全に教えると約束した。ナタンが文章を読み直している間に、大きなお皿にクスクスが運ばれてきた。サイードとラーセンは、この食事は絶食のため砂漠で過ごすのに耐えうる十分な量があると言った。
次の日の朝、5人は小さなバスに詰め込まれて砂漠の方に向かった。途中イチジクや小さな小麦畑が点々と見える大きな谷を通り過ぎた。数時間後、あたりは砂ばかりになった。見わたす限り砂丘だけしか見えない。バスは儀式が行われる場所に停まった。みんなで大きな白いテントを飾った。午後の間にラシッドはナタンをみんなから離した。彼はこれから数時間どのように儀式が行われるかを教えた。ナタンは驚いた。ラシッドは流暢なフランス語を話し、ジュネーブで物理学を専攻していたと言ったからだ。