結合

 

 

ナタンは飛行機に乗ってアフリカ大陸の反対側の端に向かって飛んだ。翌朝ケープタウンに着いた。ソフィがナタンを空港で待っていた。ナタンはソフィに再会できるのを待ちきれなかった。到着ロビーに彼女を見つけると、急に彼女がどれほど美しいかを思い出した。二人は熱く抱き合った。ナタンはソフィの眩いくらいの美しさを褒めた。二人はソフィの住むアパルトマンに向かった。アパルトマンは山の方にあった。大きなテラスには心地良いソファと竹製の低いテーブルが置かれていた。ナタンはソファに座り、海の素晴らしい景色に感心した。後方には名高いタフェルベルグの山がそびえ立つ。青い空を背景に、その頂上は雲に覆われていた。
ソフィは冷たい飲み物を持ってくると、ナタンの肩に頭を置いた。
「ナタン、あなたには本当に感謝してる。あなたは、自分の才能を磨くことでしか幸せになれないということを私に気づかせてくれた」
「そう、みんなそうなんだよ」
「おかげで自分のつくる芸術にすべてを捧げようという気になったのもそうだけど、あなたが旅に出ることも理解しようとする気になったの」
「それできみの作品のおかげで今日こうしてまた再会できたね…」
「しかも世界の反対側で!」
「新しい作品の写真はある?」
ソフィはカタログを探して持ってきた。ナタンはぱらぱらとページをめくってすぐに黒と白の象徴的な様式に気がついた。ソフィの特徴的な作風だ。
「今もこんなに大きい作品を作ってるの」ナタンは訊ねた。
「前よりももっと大きいの。7つの作品を展示するんだけど、一番小さいのでも高さ2メートルはあるのよ」
「本物も観に行ってみたいな」
「ヴェルニサージュ は明日夜なの。スピーチを頼まれてて、今からもう緊張してる」
「スピーチは気が進まない?」
「うん、でもそれも仕事の一部だから」
「スピーチはもう考えてあるの」
ソフィは英語で書いた数枚の文章を見せた。ナタンはざっと読んだ。
「どう?」ソフィが訊ねた。
「よくできているね。でも、きみの個性が出ていないし、作品のことに何も触れられていないよ」
「ナタン、あなたは誰よりも私をよく知る人よ。文章を直してもらえない?」
「本当にそうしたいの?」
ソフィはうなずいた。ナタンは線を引いて文章を消してしまうと、一文だけ書いてソフィに渡した。ソフィは唖然としていた。
「何やってるのよ」彼女が訊ねた。
「大きな声で読んで」ナタンが促した。
「『私の作品が訴えることはすべて言葉の及ばないものです』」
「これに普通のお礼の言葉だけ加えればいいよ」
「他には何も?」
「スピーチは好きなんだっけ?」
「全然!」
「だからだよ。好きじゃないことは最小限に減らすように努めるんだ。きみの作品は不思議な魅力を放ってる。観に来る人々は感化される。みんなが観に来るのはそのためで、この一言で招待客の注意を惹くんだ」
ソフィはその言葉をもう一度読んだ。緊張が消えた。
ナタンは続けた。「明日きみがすることは一つだけ。スピーチを始める前に、来ている人々すべてを見て、一言ずつゆっくりはっきり区切って話すんだ」
彼女はナタンに微笑みかけるときつく抱きついた。二人はその日ケープタウンの南の沿岸にある街をいくつか観てまわった。小さな入り江に着くと二人は足を止めて海の中でとても長い時間を過ごした。ソフィが先に海から上がり、疲れて、砂の上に座って休んだ。少ししてナタンが上がってきて、軽食を売っているスタンドにサンドウィッチを買いに行った。二人でそれを食べている間、ソフィはこの数カ月どうしていたかをナタンに話した。彼女は成功を収めた。扉が彼女に開かれたようだ。ナタンはただただ注意深くその話に耳を傾けていた。
今度はソフィがその間ナタンがどうしていたのか訊きたがった。
「この数カ月どうしていたの?」
ナタンはスペインやモロッコで経験したことをできるだけ伝えられるように考えた。それをできるだけ簡潔にまとめて説明した。
「素敵で面白い人たちに会ったよ。優れた意識の世界における知識と繋がることを教えてくれたんだ」
「何を学んだの」
「感情がいかに僕たちをとらえて、意図や選択、それに行動に影響を与えるかを理解したよ」
「自分の行動を決めるのは自分じゃないの?」
「感情の役割は見過ごせないものがあるよ」
「彫刻をしているとき私は自分の感情に完全に素直になっているの。感情は私のエナジーの源よ」
「活力と、もちろん感情と、これらは僕たちの中にあるすべてなんだ。内に秘める活力に影響を及ぼす感情の揺らめきだね。これが意図や選択、行動にひらめきを与えるんだ」
ソフィはしばらくナタンの言葉を噛みしめた。
「一番重要だと思ったのは、僕たち自身も含めてすべてのエナジーの形が全体の一部分をなしているということなんだ。みんな宇宙のエナジーと結びついているんだ」
「宇宙のエナジーと結びついているの?芸術家仲間の友達もそう話していたのよ。正確にはどういうことなの?」
「すべては一つの同じ源泉から来ているのだという、宇宙に対する親密な感情だよ」
ナタンはしばらく自分の体験を脳裏に蘇らせた。
「この体験について考えるようになったのは後になってからなんだ、そのときは疑問を持たなかったからね。全てが自明のことのように動いて、説明の必要がない…感じて分かる、それだけだったんだ」
「それを体験して何か変わった?」
「僕たちみんなが宇宙の万物と繋がっているということをもっと意識するようになったよ」
「一人ひとりが全体の一部を成しているんだったら、私たち個人としての役割は何なの?」
「僕たちは自由意志を持っていて、その源泉に近づくか遠ざかるかを選ぶんだ」
「その源泉に近づいたかどうかはどうやって分かるの」
「否定的な情動も感情も感じなくなったときがそのしるしだね。孤独や恐れ、怒りというものさ。僕たちは基本的に肯定的な感情によって気持ちが動く」
「あなたには否定的な感情が入る隙がなさそうね」
ナタンはソフィの言いたいことが分かっていた。ナタンは常に内なる力を意識していて、他の何よりもその力を信じている。旅を始めて以来ますますその力が素晴らしいものだと考えるようになっていた。次の日ナタンとソフィは展覧会の開会式典に向かった。ソフィの彫刻は大きなホールに展示されていた。灰色の幕に覆われていた。ソフィのスピーチのあと、幕が取り除かれるのだろう。プレスも来ていて、ソフィに質問を投げていた。ナタンは彼女をしばらく一人にして、画廊のオーナーと話をした。
ナタンがソフィのところに戻ってくると、彼女がどれだけ緊張しているのか分かった、
「きみの彫刻を観に来たこの人々を見わたすんだ。自分らしくいれば、恐怖が満足感へと変わるよ」
ナタンはソフィが周囲を心配そうに見ている様子を見て自分のアドバイスが助けにならなかったと知った。彼はソフィを腕に抱き、耳元で囁いた。
「ソフィ、自尊心をそばに感じるんだ。きみの発する言葉で、招待客はきみの作品以外は目に入らなくなる。あとは作品の魔力に任せればいいんだ」
ナタンの言葉を聞いてソフィの顔つきが一瞬にして変わった。その言葉が彼女に自信を与えた。人々の注意を惹くは彼女でも、スピーチでもなく、作品だと彼女は解っていた。ちょうどその時ソフィが壇上に呼ばれた。ナタンが最後の助言を与えた。
「歓迎の言葉を述べたら、ホールの一番後ろにいる招待客を見て。展示されている彫刻を一つひとつ頭の中で思い浮かべて。それから話し始めるんだ」
ソフィが腹をくくって壇に向かって歩いている間、ナタンは彫刻の像の近くにいる人々の何人かに、合図が鳴ったら幕を剥ぐように頼んだ。ソフィがちょうどスピーチを終えたその時、画廊のオーナーが照明を落としてプロジェクターをつけた。全ての幕が床に落とされた。彫刻の像がすばらしく輝き、非凡な効果をもたらして、いかにも魔力を湛えているようだった。招待客は一人残らず感嘆し、魔法にかけられたようだった。
その間に、ソフィはナタンに近づいた。
「あなたは本当にマジシャンね!」
「違うよソフィ、魔法をかけたのはきみの作品だよ」
作品の深いメッセージをもっと訊こうと、ソフィに何人か近寄ってきた。ナタンは彼女を一人にして彫刻を鑑賞した。すべてが普遍的なテーマを象徴的に表現していた。最後の彫刻の前に来て、誰かがナタンの肩を叩くのを感じた。振り返ると肌の黒い年老いた男性がいた。背が高くて細く、髪と髭が灰色だった。男性はカラフルなスーツを着ていた。ナタンに英語で話しかけた。
「はじめまして。お会いできて光栄です。私は医師のソンゴといいます」
「ナタンです。はじめまして。私もお会いできて光栄です」
「あなたは素晴らしい作品を仕上げられましたね」
「これは私ではなく、恋人が作ったものなんです」
ソンゴはしばらく芸術作品を見ていた。
「彼女の才能がいきいきと表れています。でもあなたの天賦の才は程度の違うものです」
「天賦の才とは何のことですか」
このときソフィが戻ってきて、人だかりから少しの間抜け出せたのを喜んだ。
ソンゴは挨拶をした。
「はじめまして。お会いできて光栄です。私は医師のソンゴといいます。あなたの作品を観て大きな創造力を持った方なのだとわかりました」
「ありがとうございます」ソフィが答えた。
ソンゴは再びナタンに話しかけた。
「私の言う天賦の才とは他人にひらめきを与える能力のことです」
「ひらめきを与える能力ですか?」
「ちょうどいい時に印象に残る瞬間を作って沈黙した空間を満たした、そのやり方は目を見張るものがありました。そう思いませんか、お嬢さん」
「完全に彼の意図を分かっていたんですね」ソフィは笑った。
「見抜くことは私の天賦の才ですから」
ソンゴは特別な言葉を使って表現した。だが意表をつく表現にもかかわらず、ナタンはそれがどういう意味か完全に理解していた。
「そろそろ行かなければなりません。お会いできて本当に嬉しかったです。さらなる成功をお祈りします」ソンゴが言った。
彼が去っていく間に、ソフィは少し楽しそうに言った。
「今晩みんなが感激したのは、私の才能に対してだけではないのは明らかね」
「ソンゴ医師は並外れた人だよ」
ヴェルニサージュも終わりに近づき、ソフィとナタンは出口に向かい、招待客に別れの挨拶をした。ソフィの彫刻は強い印象を与え、ソフィは受けた賞賛を噛みしめていた。彼女とナタンがアパルトマンに戻ったのはもう遅い時間だった。ソフィは自分の仕事を終えられて良かったと思った。これでナタンと一緒に二週間自由に過ごせる。しだいに彼女を魅了していくこの国で。次の日二人は東に向かって出発し、約10日間の周遊に出た。ポート・エリザベスの近くで白い砂が広がる綺麗な砂浜に行き、ダーバンの港に滞在した。そこでは文化が混在して共生していた。そしてプレトリア近郊を通ってヨハネスブルグに入った。途中自然公園を訪れて、この地域に生息するとても多くの動物と植物を見かけた。ヨハネスブルグで二人は街の近代的な中心地を歩き、タウンシップを訪れて極度の貧困民を間近で見た。この街では貧富の差が一番明らかだった。
ケープタウンに戻る間、ナタンとソフィは旅行で印象に残ったときのことを話していた。多くのものを見て、多様性に富んだ、素晴らしい自然を持った国の探検に感銘を受けた。ケープタウンに着くやいなや、ソフィは吐き気がして、ひどい腹痛を覚えていた。ナタンが薬局に行くと、医者に見てもらった方がいいと勧められた。診療可能な医者のリストを渡された。リストを見ると、二人はソンゴ医師の名前が書いてあることに気づいた。これは偶然ではない、二人はそう感じた。ナタンはソンゴ医師に電話をして彼女の症状を教えて欲しいと頼んだ。医師は夕方なら彼らのアパルトマンまで診察に行く時間があると告げた。