晴れた美しい日に、ソフィはサルバドールに着いた。ナタンに再会したとき彼女の顔は光り輝いた。二人はお互いに相手の胸の中に飛び込み、長く抱き合った。ナタンはメルヴィンにソフィを紹介した。三人が車で街に向かっているとき、ソフィは合衆国への訪問がうまくいったことを話した。彼女の彫刻作品は賞賛を集め、たくさんの展覧会に参加した。またソフィはジェニファーとその友達は素晴らしい人たちだったと話した。彼らは、ナタンによろしく伝えて欲しい、ナタンは彼らの中にいつまでも消えることのない思い出を残しているよ、と言っていたことを話した。そして最後にソフィが話したことはナタンをとても喜ばせた。ザックとデボラがよりを戻して、二人はもうすぐ一緒に住むことになったというのだ。まだニューヨークに住むかサンフランシスコに住むかは決めていないという。最初の何日かの間、ナタンとソフィはサルバドールの南部の牧歌的な場所で一緒に過ごした。素晴らしい海岸がイタカレまで延びていた。まず、モロ・デ・サンパウロの温泉に出かけた。ソフィはすぐに自然の美しさと人々の親切さの虜になった。モロ・デ・サンパウロをあとにして、二人はマラウの楽園のような砂浜を見つけた。ソフィとナタンはお互いの近況を話した。ソフィは頻繁に兆候を受け取っていることがわかった。会話をしていてナタンは、ソフィのスピリチュアリティが発達していることを知った。それは彼女の他人との関わりかたや、彼女の投げかける質問のなかによく見出すことができた。二人きりの砂浜で、砂の上に寝転がって、ソフィはナタンに大事なことを訊ねた。一人ひとりが人生のなかで自分だけの目標があって、みんなが宇宙の秩序の一部を成している、ということをどうしたら理解してもらえるだろうか、それを知りたいと思ったのだった。
「この一年の間、私たちが生きている宇宙の秩序についてたくさん議論してきた。そうしたらこの話は、優れた力の存在を信じていない人々にとっては難しいということが見えてきたの」
「自分が一部を成しているものへの信頼をなくしてしまった人々にとって、優れた力の存在を再発見することは彼らの人生の大きな目標になるよ」
「優れた力を意識させるために、どう手助けをしてあげられるかな?」
ナタンは肘をついて顔を上げて、ソフィを見た。太陽が彼女の緑色の瞳のなかで輝いていた。頬が日に焼けて赤茶色になっていた。ナタンは自分の持つ愛を理解した。ナタンには彼女ほど愛している人は他に誰もいなかった。ナタンは砂の上に横になって、ソフィの頭をナタンの上半身に置いた。
「それは僕が小さな頃から抱いていた問いだよ。それを毎日ずっと自問自答していた」
「どんな答えが見つかった?」
ナタンはしばらく考えて、言葉を選んでこう答えた。
「優れた力の存在を発見することは、個人的体験でしか得られないプロセスなんだ」
「そのプロセスを他人の中で進めることはできるかな?」
「もしその人にその用意ができていればね、それまではできない」
「どうすればできるの?」
ナタンは、ソフィが具体的な例を知りたいのだと思った。
「優れた力の存在の確実な証拠を誠実に探している人がいたら、例えば一人で晴れた夜に海に出かけて空の月を見るように勧めてみるんだ」
「湖に、それとも海に?」
「そこはそんなに大事なことじゃないよ。空の広大さを十分に長い時間観察していると、突然奇妙な感情を覚えて、宇宙を何か奇跡のように感じることができるんだ」
「それはいつもできることなの?」
「そうできる方法はいくつもあるよ。唯一の条件は望むことだ」
「恐れているときはどうなるの?」
「恐れに打ち勝つこともプロセスの一部だよ。恐れることは何もない、と言ってあげるんだ。その感受性が素晴らしい感覚をもたらして、その感覚が彼らの記憶の中に永遠に残るんだ」
サルバドールに戻ると、メルヴィンが講演でフォルタレザに招かれて、そこにアドリアナとクローディオもついてくるのだと二人に知らせた。彼はナタンとソフィも一緒に来て、ブラジル北部にあるその素晴らしい街で二週間滞在しようと言った。ナタンとソフィはそうすることにした。出発の日、彼らは空港に来た。小さなクローディオは飛行機の中でずっと眠っていた。ソフィとアドリアナは静かに話していた。メルヴィンはナタンにフォルタレザでの講演のことを話した。
「私がロサンゼルスで講演をしたときに、感じ取れる現実を三つの次元に分けて説明したのを覚えてる?」メルヴィンは訊ねた。
「あなたの説明したことは正確に覚えてるよ」ナタンは答えた。「現実は三つの次元に分けられる。それは身体、思考、意識の三つの次元だと」
「今回は、そのテーマを掘り下げて、そうした三つの次元に見いだせる知識に加えて、自分の中にある宇宙と交信をするために必要で、同じように重要な知識があることを説明するんだ」
「興味深いね。どうしてロサンゼルスではそのことに触れなかったの?」
「それは、そうした知識の源泉が、観察可能な現実に見いだせることを、最近になるまで気づかなかったんだ。奇妙に聞こえるかもしれないけど、双胴船でアブロルホス諸島の近くまで来て、クローディオを抱いてクジラのスペクタクルを眺めていたときにはっと思い浮かんだんだ」
「そのときどんなことを考えていたの?」
「アライアルダジュダでの会話で、君がこの宇宙での体験について話していたことを思い出していたんだ」
「そのことをどう思った?」
「人生の本質を理解するためには、観察可能な知識の他にも何かが必要なのだということに気づいたんだ」
「それは何?」ナタンは、メルヴィンの答えに興味を持っていた。
「美、だよ。美の存在に気づいて、それをあらゆるところに感じる必要があるんだ」
ナタンは黙って考えていた。
「知識だけではスピリチュアリティの本質を理解することはできないと気づいたんだ。それは、もし知識がわれわれ自身の一番奥底で知っているものをより良く理解する助けとなるなら、われわれは色々な形をした美を体験する必要もあるからだ」
ナタンは熱心に話を聴いていた。
「美を体験するためには、われわれは感受性という特性を発達させなければならない。感受性を磨けば磨くほど、美をより感じることができるんだ」
メルヴィンはナタンがどういう反応をするか待っていた。ナタンは窓の外を眺めていた。しばらくして、ナタンはこう答えた。
「全くそのとおりだよメルヴィン。人は美を感じるようになれば、人間や自然、スピリチュアリティといったものの本質を発見できるよ」
メルヴィンはナタンが同じ意見だと聞いて嬉しくなった。
「世界はほとんど奇跡的な存在だよ」ナタンが続けて言った。
「それはどういうこと?」
「アドナンというモロッコで出会った友人があるとき言ってたんだけど、海に生息する大きな哺乳類の意識レベルは、瞑想の状態に近いんだ。海のような静けさに対して十分に感受性を発揮すれば、僕たちは未知のものから来る知識を発達させることができると話していたよ」
メルヴィンは何も言わずにしばらく考えていた。そしてこう言った。
「私がクジラのスペクタクルを見ていたときにそのことが分かった、そう思うかい?」
「僕たちは自然に関してもっと学ぶことがあるよ」ナタンは答えた。
「ある日インド系の素晴らしい老人に出会ったんだ。レンソイスという、バイア州のへんぴな地域にある小さな街でのことだ。ティアゴという名前で、シャパダディアマオティーナ国立公園でガイドとして働いていた」
「出会ったきっかけは何だったの?」
「私の講演を聴きに来てくれたんだよ。彼は他の聴講者たちとはとても違っていた。講演のあとで私と知り合いになろうと話に来てくれた。彼の祖先はパタソ先住民族で、その地方の原住民だと説明してくれた。私という存在に対して彼が感謝していたのを覚えているよ。私のことをどう見ているのか訊ねたよ。そしたら彼はこう答えたよ。『自分が何を感じているか、どうしてそれを感じているのかを、理解する手助けをしてくれる人』だと」
「それ以来その人と会った?」
「いや、でもまた会おうと言っていた。私は、よく旅をしているからきっと会えるよと答えた。その後彼の言ったことは面白かった。彼はいつか私がシャパダディアマオティーナで彼を探す日が来る、と言ったんだ」
メルヴィンはそのときの会話を正確に思い出そうとした。
「どうして彼はそんなことを言ったのだろうかと考えたよ。他にも心に残ることを言っていた。もし人間の真の存在理由を理解したければ、まず人生のなかの美に気づくようになる必要がある、とも言っていた」
「他にも何か言ってた?」
「美に気づくことのできる人なら、内なる平和をすることができ、大きなことを成し遂げることができる、とも言っていた」
ナタンとメルヴィンは黙った。窓の向こうに、ナタンは青い空を見ていた。
「もしかしたら、今がその男を訪ねに行く時なのかも」ナタンは言った。「彼がどこに居るか知ってる?」
「魔法の泉へと続く道沿いにある、キャンプ地の話をしていたなあ」
飛行機はフォルタレザの空港についた。正午ごろで、講演が開かれるのは次の日だった。一行はまずホテルに向かい、それから街を歩き回った。フォルタレザは活気があって、中心街は快適だった。美しい砂浜と、感じの良いレストランやバーがあった。元気な音楽が聞こえてきて、人々はとても感じが良かった。彼らは、それは自分たちが太陽の国に生きているからだと言った。
次の日メルヴィンは講演に参加した。その場で彼はついに、美を体験することの重要性について、ナタンと話したようなことを説いた。講演は大きな成功を収めた。ナタンはメルヴィンの名声が高まっていることに気がついた。講演を聴きに来たある婦人はナタンに、メルヴィンの著書は合衆国だけでなくブラジルでも売れていて、ブラジルでも書店に並んで人気を博しているのだと教えた。講演があった次の日、一行はセアラ州の沿岸を探索した。砂丘が広がる景色を見てナタンはサハラ砂漠を思い出した。ここでも自然が至るところで静けさを湛えていて、自由の感覚を与えてくれた。ジェリコアコアラは現地の人々にジェリと呼ばれていて、そこにある楽園のような海岸で、メルヴィンはティアゴに会うためシャパダディアマオティーナに行くことにしたと言った。そしてナタンとソフィにもついて来て欲しいと話した。サルバドールへの帰路、ナタンとソフィはメルヴィンの提案について話していた。ソフィはその地域について沢山読んだことがあり、いつかそこに行くのではないかという予感がしていたと言った。数日後、メルヴィンとナタン、ソフィはレンソイスに向けて出発した。アドリアナは勤務している病院で仕事があるため、一緒に行かないことになった。レンソイスに着いて、メルヴィン、ナタン、ソフィはホテルで一泊し、翌朝バスでシャパダディアマオティーナ国立公園に向けて出発した。自然が今でもそのまま残されている地域だ。
出発してから、三人は山の圧倒的な風景と、目にしている植物や動物の驚くべき多様性に魅了されていった。歩いて深い谷や川、湖を見て、その美しさに息を飲んだ。熱帯雨林を歩き始めてから何時間か経ったとき、ナタンは物音を聞いて、それがだんだん大きくなっていった。しばらくするとソフィもその音を聞いて、最後にメルヴィンもそれに気づいた。ナタンは歩みを早め、森の外に出た。歩みを止めて顔を上げた。ソフィとメルヴィンは彼のいるところに急いだ。三人は目の前の美にはっとした。そこには素晴らしい滝があって、滝の下には美しい潟があった。ナタンとソフィは滝のあるところまで走り、上着を脱いで水の中に飛び込んだ。メルヴィンは二人をそのままにして、岩の上に腰を落ち着けて景色を眺めた。ナタンとソフィが執拗に頼むので、ついにメルヴィンも彼らに加わって水の中に入った。
「ここまで自然が無傷のままの場所は地球上でもまれだろうね」ナタンはそう言った。
「メルヴィン、私が何を考えていると思う?講演で美についてあなたが言ったことを考えてたのよ。あの部分が講演のなかで一番いいところだった。そう思ったのは私だけじゃないはずよ」
「講演の後でみんながそのことを話してたよ。ある人は僕にいいことを言っていたよ『美は幸せに投影される』って」ナタンがそう言った。
「確かにいい言葉だね」メルヴィンが言った。
三人は水から上がってまた歩きはじめた。歩いている若者の集団に出会って、魔法の泉がどこにあるか知っているか、彼らのガイドに訊ねた。ガイドは、それは間違いなく魅惑の泉のことだ、と言った。そこに行く一番簡単な方法は、川に沿って行くことだ、と答えた。小さな川の流れに沿って行くと大きな川の流れに辿り着く。そこからガイオラに乗るんだ。先住民族が利用していた小さな舟のことだ。三人は彼の言うとおりに進み、30分ほどすると、シャパダディアマオティーナを横切って流れる大きな川、サンフランシスコの河岸に着いた。対岸にはガイオラとそれに乗っている数人の先住民が見えた。彼らに合図をすると、先住民の一人が来て自分の小舟に案内した。メルヴィンは魅惑の泉まで連れて行ってくれないかと頼むと、その人は舟に乗るように合図した。三人は舟の上から素晴らしい景色を楽しみ、その場所を支配している静けさを味わった。ナタンは、今まで訪れた場所のなかで一番夢中にさせる場所だと言った。メルヴィンは彼に、行こうとしている泉がどうして魅惑の泉という名前なのか訊ねた。男はその泉が不思議な力を持っているからだと答えた。その澄んだ水を通して泉の一番奥を見た者は、美が何たるかを永遠に忘れないという。ナタンは頭をソフィの膝の上に置いて楽にしていた。通り過ぎる景色を眺めながらナタンは静かに横になっていたが、男の先ほどの話を聞くと起き上がった。言葉を発さずに、メルヴィンとナタンは視線を合わせた。少しして、男は舟を埠頭につないだ。メルヴィンは男に、ティアゴという男を知っているかと訊ねた。三人が舟を降りるのをゆっくりと手助けしながら、男は今着いた場所がちょうどティアゴという名前だと答えた。ソフィは舟で帰るときの待ち合わせ時間も決めておかないと、と言った。メルヴィンは先住民の男と話をしたいと思ったが、彼は今ティアゴに着いた、もう心配することはない、と答えて、川の方に出発していった。三人が歩こうとしたそのとき、年老いた先住民の男が向かってきた。頬が浅黒く上半身が裸で、黒く長い髪が後ろでくくられていた。年を取っているにもかかわらずとても元気そうだった。
「やあメルヴィン、友達と一緒に来たんだね」
メルヴィンが顔を上げると、彼がティアゴだということに気がついた。ティアゴがここまで迎えに来てくれたことに驚いた。この老人は今日メルヴィンが自分を訪ねて来ることを知っていたようだ。
「こんにちはティアゴ。きっと驚くだろうと思っていたんだが」
「わしのような老兵はなかなか驚かんぞ」そう言ってティアゴは笑った。
メルヴィンはティアゴをソフィとナタンに紹介した。ティアゴはソフィに挨拶し、それからナタンに手を差し出して、彼の手を長い間握り、何も言わずにナタンをじっと見ていた。それからナタンの手を離して、三人にこう言った。
「みんなが来てくれて光栄だ。ようこそ」
そしてすぐに後ろを振り返って、ついてくるように言った。熱帯雨林には野生の蘭が咲いていた。メルヴィンは、ナタンやソフィと同じように、どうしてこれから出発しようというときにちょうどティアゴが来れたのだろうかと不思議に思っていた。ティアゴはメルヴィンたちが来るのを予期していたというが、どうしたらそんなことがあり得たのだろうか。メルヴィンは行くことをティアゴに伝えていないし、彼の連絡先も知らない。ナタンとソフィがそのことを話しているのを聞きながら、メルヴィンは私にも理由がわからない、と身振りで示した。三人はこの疑問についてこれ以上考えないことにした。ナタンはこの旅の先の展開が楽しみだね、とだけ言った。しばらく歩くと、深い洞窟の入口の前にある小さなキャンプに着いた。そこで一行は女性や子どもたちに迎えられた。
「ここでわしは小さな共同体の中で生活しているんだ。わしが最年長で、他の男たちは今働いている。このあたりの観光客をガイドする仕事だ。彼らはもうすぐ戻ってくるはずだ」
遅い時間になって、太陽は沈みかけていた。女性たちは夕食の準備に追われていた。三人は今晩ここで彼らと共に過ごすようだ。ティアゴは、明日魔法の泉に行く前に、その泉の詳しいことを話すと言った。そうしているうちにメルヴィンは涼みに行き、ソフィは女性たちの輪に加わっていた。言葉を理解できないことが先住民たちとの意思疎通の妨げにはならず、ソフィは苦も無く溶けこんでいった。ティアゴは少し経って火を起こすために薪を集め、ナタンはそれを手伝った。その光景はインディアンの賢者と女とグアテマラでタフムルコの頂上を歩いたときのことを思い出させた。そのときも火を起こしたが、今起こした火は夜が更けたあとのキャンプを照らすだけのものだった。火を起こす役目はメルヴィンが務めた。その間に、コミュニティに住む男性たちが戻ってきて、火を囲んで座った。ベジタリアンの食事を食べながらキャンプを訪問してきた客人たちと話をして知り合いになった。食べ終わると、客人たちは集まって話をした。
「いくつか大きな都市に行ったことがあるが」ティアゴが言った。「でもどの都市にも惹かれることはなかった。それに、これほど多くの人々がどうして公害や貧困、暴力の絶えない場所に生きることを選択するのか、わしには理解できない」
「彼らの多くはただ生き残ろうとしているだけだ」ナタンが言った。
「彼らはどんな目的を追い求めているのだろうか」
「大きな目標も理想もなくて、自分の殻に閉じこもって生きている」ナタンが答えた。
「途方にくれているんだ。必要なものだと思って、物質的な豊かさを追い求めている」メルヴィンが言った。
ソフィがティアゴにこう言った。
「あなたが彼らの生きる世界を変えるとしたら何をする?」
ティアゴはしばらく考えてこう言った。
「その世界はスピリチュアルな砂漠のようだ。もう一度彼らに自然の力を見せて、自分たちもその中の一部を成していることを思い出させるんだ。そうして、彼らは存在にまつわる三つの知恵を頭に叩き込むんだ」
メルヴィンはいまティアゴが言ったことをナタンとソフィに訳して伝えた。二人にとっては訳がなければ言葉が理解しづらかった。
「存在にまつわる三つの知恵とは何?」ソフィが訊ねた。
「われわれはどうしてこの世にいるのか、われわれのこの世での目的は何か、こういうことを理解させてくれる知恵のことだよ」
ティアゴは少し沈黙してからこう続けた。
「一つ目の知恵はどのような自然環境がわれわれを生み出したか、どんな父親と母親から産まれたのか、どんな共同体で成長していったかを理解するためのものだ。自分の可能性と限界を知り、そこから進化し続けていくためには、どんな遺伝子や才能を受け継いだのかを知ることが大切だ」
その時、鮮やかな色をした蝶がティアゴの肩にとまった。ティアゴはそれに気をそらされずに続けて話した。
「二つ目の知恵は独自の能力を持っていることに気づくことだ。ここでも、自然が進化の連鎖の一番新しいところをわれわれが形成していること、そして想像や創造、愛といったものを経験する素晴らしい力があること、それをわれわれに思い出させてくれる」
そう話したあと、ティアゴは立ち上がり、マンゴーを入れたかごを持って来た。みんな三つ目の知恵を説明するためにそれを使うのだと想像した。しかしティアゴはただみんなの居る場所の中心にそれを置き、マンゴーを一つとって、切って食べた。それを味わいながら遠くを見つめて、自分の考えに耽っていた。メルヴィンとナタン、ソフィはお互い顔を見合わせて驚いた。誰も長い時間一言も発しなかった。そしてとうとう、メルヴィンが三つ目の知恵はないのか、とティアゴに訊ねた。ティアゴはメルヴィンを見て、そしてまた別のマンゴーを切った。それを食べて、こう言った。
「三つ目の知恵は、想像がつくものかもしれない。われわれはいつかこの世からいなくなることだ」
ティアゴは黙ってまた夢をみているように遠くを見つめた。ナタンは、ソフィやメルヴィンと同じように、ティアゴのものを教える能力と知恵に驚いていた。
「あなたに感謝するよ。自然があなたに教えたことを私たちと分かち合ってくれたことに」メルヴィンが言った。
「それと、多くの人々が自然との接触を失っていると思うね」ナタンが言った。
「多くの人々が他人との接触でさえままならなくなっている」ソフィが言った。
「使われないものは、弱ってゆく」ティアゴが言った。「自然の力を感じなくなってしまったら、地球や植物界、生物界、ひいては他の同胞と調和している感覚を失ってしまう」
「問題はみんながまだ自然を理解することができるかだね」メルヴィンが言った。
「今は多くの人々が自分自身の感情でさえ理解できていない。だが、自然の無限なる性質を理解できるのはこのわれわれの感情だけなのだ」
ナタンはティアゴが学校に行かずにこれだけの知識を習得していることに感銘を受けた。ティアゴは本を一冊も読んだことがないことをメルヴィンから聞いていた。しかし、彼は並の人々以上の知識を得ていた。ティアゴは遅くなる前に寝よう、明日の朝出かけられるようにしっかり休息をとろう、と言った。その間に、簡易ベッドが客人たちのために用意された。
翌日の朝、メルヴィンとナタン、ソフィは揚げたてのベニエの匂いで起きた。ナタンはモロッコでアドナンの家にいた時のことを思い出した。食事のあと、ティアゴ、ナタン、ソフィとメルヴィンは魔法の泉へと出発した。その途中、メルヴィンは昨日の会話の続きをはじめた。ナタンはそれをずっと聴いていた。
「ティアゴ、昨日の話のことを考えてたんだ。メモを取っておいて、次の講演のときにその話をしたい」
「君がここに居るのはそれが目的でもあるよ。講演を聴く人々にもっと自然に関心を持ってもらうんだ」
「自然の奇跡をテーマに話したい。そうすることで私の話を自分の文脈のなかで理解する人が出てくると思う」
ティアゴは黙ったまま頷いた。
しばらくして、ティアゴは空き地で足を止めた。そこはおそらく休憩を取ったり、おしゃべりをしたりするために良く使う場所なのだろう。木の幹を輪の形に置いているところから、そう推測できた。ティアゴはそこに座って他のみんなが同じように座るのを待った。持ってきた水をみんなと分けあって飲んだ。魔法の泉の話をするためにこの場所を選んだのだ。文が終わるたびに、ティアゴはメルヴィンが話を訳すのを待った。
「ここに君たち三人が共に来ているのは偶然ではない。それは大切な教訓、あなたたちの人生の目的を明らかにする教訓を学ぶためなのだ」
少し沈黙があって、ティアゴは続けた。
「君たちがこの世で会っているのも偶然ではないんだ。偶然に生まれたものは何もない。メルヴィンもソフィももちろん、大きな使命を成し遂げるための大事な役割を持っている」
メルヴィンはティアゴの言ったことを訳すことに専心して、質問をすることはなかった。ナタンとソフィもただ聴いていた。しかし、三人は皆ティアゴの言う大きな使命には何が含まれるのかを知りたいと思った。
「人々は再び光と繋がって、その光はこの世のすべての生命の源泉になるのだ」
ティアゴの声の調子がより厳粛になった。
「そのために人々は自然の力に向きあうようになるのだ。はじめは大きな混沌に見えるものが、しだいに宇宙のなかを支配する秩序と一人ひとりが持つ独自の役割を意識させるようになるのだ」
ティアゴは水を少し飲み、同じ調子でこう続けた。
「その力に向きあうために、自然は何者かを送り込んできた。他の誰にもできないほど、人類を理解することができ、どうすればその使命を成し遂げることができるかを知りうる何者かをだ」
メルヴィンがその言葉を訳したとき、誰もがティアゴの話している人はナタン以外にはいないことを理解した。
「あなたの予言は確かなの?」メルヴィンは訊ねた。
ティアゴは再び静かな口調でこう話した。
「彼が来ることはずいぶん前から告げられていたことだ」
今度はソフィが話した。彼女もティアゴがナタンのことを話していることがわかっていた。
「どうして彼がその人だとわかるの?」
「わしは意識のレベルの違いを見分けることができるからだ」
ティアゴはしばらく沈黙してからこう言った。
「ここまで精神世界を探求してきた人にはこれまで会ったことがない。わしはナタンのことを話している」
ナタンの名前が発せられて沈黙が訪れた。そして彼自身が口を開いた。
「魔法の泉で今日受け取ることになる大事な情報とは何?」
ティアゴはまた少し考えて、そしてこう答えた。
「人間の思考能力が大きいといっても、遅かれ早かれ精神が限界に到達する。その限界は、自分の存在の本質は自分自身の中にあるものではないことを理解するときに破られるのだ」
「自分自身の中にないのならば、存在の本質はどこにあるの?」メルヴィンが訊ねた。
「自分の霊性の中にある」ティアゴが答えた。
「自分の霊性というと?」メルヴィンが訊ねた。
「ティアゴの言わんとすることを僕は分かっていると思う」ナタンが言った。「ティアゴは本当の自分、生まれる前から存在していて、死後も残るような存在のことを言ってるんだ。人の感受性のことだね」
メルヴィンはティアゴのためにナタンの言ったことを訳し、ティアゴにそれがあなたの言いたかったことかと訊ねた。ティアゴはナタンを見て、そうだと頷いた。
「精神には限界があるけど、感受性は広いのだ」ティアゴは言った。
「どうやって感受性とコンタクトを取るの?」ソフィが訊ねた。
「常にわれわれが自分自身に問いかける本質的な問いについてより深く考えることだ」
ティアゴはそう言って立ち上がり、話すべきことは話した、と言った。彼らは再び魔法の泉へと歩き始めた。皆何も言わず歩いた。ティアゴが言ったことは彼らに考えさせるのに十分なものだった。少し経って、皆は丘の上に着き、洞穴を通った。中は暗かったが、ティアゴが全員分の懐中電灯を持ってきていて、一人ひとりに渡した。狭い通路を用心深く進むと、大きな空間の中に出た。上が開いていて、太陽の光が入ってきていた。ティアゴは電灯を消すように合図した。ソフィはナタンにしがみつきながら、洞穴がどれだけ深いか見ようとした。彼女は底がわかるところまで進むと、ナタンとメルヴィンを呼んで、底を見るように合図した。下には青く澄んだ湖があった。それが魔法の泉だった。ティアゴは下に向かって降りはじめて、他の人たちもそれに続いた。皆は山の中心に向かって進んでいるような気がした。狭い小道を通った。湖に近づくにつれて、皆はその美しさにますますうっとりしていった。下に着いて、湖がどれだけ澄んでいるかがわかった。湖の深さがどれくらいのものか見ようとしたが、水は完全に澄んでいるにもかかわらず底を見ることはできない。ティアゴは平らな岩の上に腰を下ろし、皆を呼んで彼の近くに座るように言った。ソフィはとても感激していた。
「この泉には本当に何か特別なものを感じる」彼女はそう言った。
「泉の持つ魔法とは何だ?」メルヴィンが訊ねた。
「その水はわれわれが真実だと思っている嘘からわれわれを浄化してくれるのだ」ティアゴは答えた。「湖に潜ってみて、深く湖を進めば進むほど、自分の中に染み込んでいる嘘が消えていくぞ」
「それが本当なら、まさしく魔法なのね」ソフィが言った。「みんながそうやってできるの?」
「三つ条件がある」とティアゴは言った。「一つ目は真剣に真実を求めることだ。二つ目は、潜るときに肺に入る以上の空気を吸わないことだ」
「どうして?」ナタンが訊ねた。
「思考が空気によって巡るからだ。いい思考も悪い思考も、本当のことも嘘のことも」
「三つ目の条件は何?」ソフィが訊ねた。
「潜る前に頭の中を空っぽにすることだ。どんな思考にも影響されないように」
ソフィはじっとしていられず、真っ先に飛び込もうとした。端まで行って頭の中を空っぽにした。それから、できるだけ深く潜れるように、できるだけ息を吸い、そして水の中に潜った。二分後に彼女は戻ってきた。ナタンが上がってくるのを手伝った。ソフィは何も言わずにナタンを見て、それからナタンを抱いてどれほど彼を愛しているかを話した。ティアゴは微笑み、メルヴィンに今度は君の番だよという合図をした。メルヴィンは準備をして前に進んだ。同じように頭の中を空っぽにして、大きく息を吸って水の中に潜った。メルヴィンはソフィと同じくらいの時間で出てきた。ナタンはまた上がってくるのを手助けした。メルヴィンは見るからに心を打たれていて、一言も発しなかった。彼はソフィを見ると、ソフィは、メルヴィンの言いたいことがわかるというように小さく頷いた。そしてソフィはナタンを見た。次は彼の番だった。ナタンはこの経験は大きなものになるということをよく理解していた。そのことを、ティアゴがナタンの手を握って彼を長く見つめていたときからわかっていた。立ち上がって用意をして、前に進んだ。ナタンは、もうこれからは、長く潜っていられる才能は秘密ではなくなると思った。水の中に潜る前、ナタンは何が起ころうとも、今のは何だったのかと訊かないで、みんな静かに自分を信じていて、すべては大丈夫だから、と三人に頼んだ。ティアゴ、メルヴィンとソフィがわかった、と言うと、ナタンは大きく息を吸った。深い静寂が訪れた。ナタンは水の中に潜った。数分が経った。メルヴィンが心配し始めた。湖の端まで行って上からナタンを探そうとしたが、いくら奥深くを見てもナタンは見当たらなかった。ソフィはナタンがときどき水の中でとても長くとどまっていることを知っていた。何度もその様子を見てきた。それでもナタンは自分の秘密を決して話すことがなかった。しかしまた数分の長い時間が流れて、ソフィは彼がそれにしては長過ぎると思い始めた。ソフィは立ち上がってメルヴィンに近づいた。メルヴィンは自分が心配していることを必死で隠そうとした。しばらくすると二人は心配を隠しきれなくなり、ティアゴの方を向いた。
「ナタンはもう本当に長いこと水の中に居るぞ」メルヴィンが言った。
ティアゴは座ったままで、静かにこう答えた。
「彼を信頼することだ。彼は自分のしていることをわかっている」
メルヴィンはソフィの肩に手を置き、座ろう、と言ってこう続けた。
「ナタンが水の中に入る前に言ったことを忘れないで。強くいよう、信じていよう」
ソフィはメルヴィンの言う通りだと思ったが、心配は収まらなかった。勇気を振り絞って、この状況でできる限り信じていようとした。しばらくそうすることができたが、ついに我慢ができなくなって立ち上がった。彼女は湖の端に戻った。ナタンが水の中に見えないでいると、取り乱して叫んだ。
「彼の姿が見えない、そんなの信じられない!」
メルヴィンも我慢ができなくなっていた。不安になって湖の端に行き、ソフィの側に立った。ナタンの姿は見えない。二人は絶望的な目をしてティアゴを見た。ティアゴは静かにこう答えた。
「さっき言ったように、われわれの考える能力がどれだけ大きいと言っても、遅かれ早かれ、精神が限界に到達する。そのとき、残っているのは信頼することだけだ。このことを大きな教訓としたまえ」
ソフィはメルヴィンにティアゴの言ったことを訳してと頼んだ。ソフィはティアゴの冷静な様子を見た。ティアゴはソフィに微笑みかけた。
「メルヴィン、どうしたらそんなに冷静でいられるのか訊いてみてよ」ソフィが言った。
「これはナタンにとって大きな使命をするための準備の一つなのだ。きみたちも、その使命の一環として準備をしている。座っていなさい、そして自分の感受性とコンタクトすれば、冷静さと信頼が不安にとって代わるだろう」
すべてが非合理なものに思えたが、ソフィとメルヴィンはティアゴが言うようにした。二人は戻ってきて座り、彼の言う通りにしてみた。数分の間がますます長く感じられた。だが冷静さを取り戻すことができた。しばらくして、ティアゴがこう言った。
「今日できたことに誇りを持ってよい。そろそろナタンが戻ってくる。そうでなければわしも心配になってくる」
ティアゴは立ち上がって湖の端まで来た。メルヴィンとソフィもすぐそれに続いた。
「見えているんじゃないか」突然ティアゴが言った。
「どこ?」ソフィが訊いた。「私には見えない!」
「いや、」メルヴィンが言った。「私にも見えているみたいだ」
「うん、私にも見えた。上がって来るのが速い」ソフィはほっとして言った。
喜びが戻った。しばらく経って、ナタンが水面に出てきた。疲れた様子で、泉の縁につかまっていた。メルヴィンとティアゴは彼を水から上げようと思ったが、ナタンは合図をしてまず呼吸を整えたいと言った。ナタンが自分の限界まで達したことは明らかだった。ティアゴはナタンに近づき、簡潔な言葉でこう訊ねた。
「わしが思っていたところまで行けたかね?」
「行けたよ、ティアゴ。底まで行けたんだ!」
メルヴィンはソフィのためにその会話を訳した。ソフィは大きなタオルを持って待っていた。ナタンは水から上がってソフィを抱いた。そしてソフィとメルヴィンに、心配させたことを謝った。
「謝ることはないよ。むしろ私にとって、たぶんソフィにとっても、これまでにない良い経験だったよ」
ティアゴはナタンを腕に抱いて言った。
「君の手助けができて嬉しいよ」
「あなたが僕にしてくれることはまだ始まったばかりだよ。この先僕たちを待っていることにとって、あなたの助けはとても貴重だよ」
この謎めいた言葉のあと、一行はキャンプに戻っていった。到着して、みんなはまたベジタリアンの食事をとった。ティアゴに別れを告げるとき、メルヴィンはこう訊かずにはいられなかった。
「われわれはまた再会できるだろうか」
ティアゴはメルヴィンを腕に抱いてこう言った。
「今度はナタンがその答えを教えてくれる。でも彼はわれわれ皆に共通の任務を与えてくれる気がするよ」
ナタンは答えなかった。ソフィはティアゴの前に来た。メルヴィンの例にならって、ソフィはティアゴを腕に抱き、それから皆を運ぶガイオラに乗った。ナタンもティアゴに別れを告げた。二人が抱き合うとき、ティアゴは最後のメッセージを送った。
「君の使命がどんなに大きくとも、必ず成し遂げられると信じて疑わないことだ」
「ただ一つ疑いを持っていることは、人々が僕の話に耳を傾けてくれるかということなんだ」
「君の持っている力を過小評価してはいけない。究極の知識は誰も自分ひとりだけでは持てないことを皆知っている、それを忘れないで。どんなに一生懸命長い間勉強しても、自分の奥底では、みんな精神世界の力が必要だと知っているんだ」
ナタンはティアゴの言うことが完全には分からなかったが、その言葉を心に留めた。小舟に乗るとき、ナタンはメルヴィンにさっきティアゴが言ったことを訳してと言った。ティアゴの言ったのが激励の言葉だったと分かると、小舟が静かに岸を離れていった。ナタンはこう叫んだ。
「そのことをみんなにも伝えないと!」
帰る途中みんなは静かにしていた。ナタン、ソフィ、メルヴィンは自分の体験した出来事について考えていた。サルバドールに戻る間、彼らは考えごとに耽っていた。
それから数日、ナタンとソフィはサルバドールに出かけて残りの旅をどうするか話した。ソフィはウイアラ、フランスで知り合って友達になったブラジル人作家のことを話した。ウイアラは流暢なフランス語を話した。ソフィは、一年前にウイアラは大きな邸宅を相続して、そのために彼女は祖国に戻ってきたの、と言った。相続した別荘はパラナ州のクリチバにある。そこで彼女は友人と、一緒に暮らすために母親も連れてきていた。ソフィがブラジルに来ると聞いてから、クリチバの彼女の家にナタンと一緒に来てよと言っていたの、とソフィは言った。ウイアラは他の人とは違うの、ソフィはそう繰り返し言った。ナタンは、ソフィがウイアラに会いに行きたいことがよくわかった。翌週にクリチバに行くことに決めて、メルヴィンにそれを伝えた。サルバドールを出る前日、彼らはメルヴィンの家の屋根付きのテラスに居た。ソフィはカイピリーニャを作ってあげると言った。ナタンとメルヴィンはテラスに残って屋根の向こうに広がるサルバドールの素晴らしい入り江を眺めていた。ナタンはとても楽しかったこの街に別れを告げる心の準備をしていた。二人は将来のこと、これからの計画のことと、二人の道が分かれていくことを話した。メルヴィンはこの場所に愛着を持っていることをひとときも疑ったことがなかった。ここが彼の居場所で、彼の使命を待っているのもこの場所だと信じていた。メルヴィンは、ブラジルは素晴らしい国で、この国に住む人々を幸せにするために必要なものをすべて備えているが、富める者と貧しい者の間にある溝に悩んでいると話した。ナタンはその話を聴いていると、ソフィが大きなカイピリーニャを三つ持って戻ってきた。彼女はテーブルにグラスを置いて、三人は柳で編んだ肘掛け椅子に座った。
「自分で作ったのは初めてなの。おいしいといいんだけど」
メルヴィンはカイピリーニャを飲んでソフィにおいしいと言った。ナタンもそう思うと言った。ソフィは誉められて嬉しくなった。彼女は、二人が何を話していたのかを訊ねた。
「メルヴィンがこの地上で自分の居場所を見つけたことについて話してたんだ」ナタンが答えた。
「どうしてブラジルに住むことにしたの?」ソフィが訊ねた。
「常々私はこの国に惹かれているんだ。最初にブラジルを訪れて以来、私はここで大きなことを実現できると分かってたんだ」
「もっと聞かせてよ」ソフィが頼んだ。メルヴィンは真剣な調子で話を続け、彼の定めた真の目標を明かした。
「ここでは、人々は自分の将来に対して生来の楽観主義者になっている、しかし…」
「それは間違いなの?」ソフィが訊ねた。
「いや、その逆だよ。多くの人々にとって、彼らの生活の大変さを克服することはむしろとても大切なことだ。でも人類の進化の観点からすると、希望だけでは十分な力にはなり得ないと思うんだ」
「詳しく教えてくれない?」ソフィが訊ねた。ナタンは熱心にその話を聴いていた。
「人々が希望だけで生きていると、常にもっと多くのことを求めるようになって、決して満たされることがなくなる」
「あなたはどんな別の方法を勧める?」ナタンが訊ねた、
「そうだね、その意味ではわれわれが一緒に過ごした日々は多くのことを教えてくれたよ。美は様々な場所に、色々な形で見つけることができることが分かった。私の話を聴きに来てくれる人々と、私の本の読者が、毎日美をより意識するようになることが私の望みだ」
「近くにある美に気づくことでより良い生活を望むことはできないの?」ソフィが訊ねた。
「もし自分の生活の中に美があることに気づけば、他に何も望むことなく幸せになれることを人は知っているんだ」メルヴィンはそう答えた。
沈黙が訪れた。ナタンがメルヴィンの肩に手を置いた。
「この永遠の希望の国での旅が終わったら、呼び名を『永遠の美の国』に変えようか」ナタンが言った。
「ブラジルのあとはどこに行くつもりなの」メルヴィンが訊ねた。
「クリチバに行ったあと、ソフィはフランスに戻るよ。僕はまだ分からないけど、決めたら知らせるよ」
次の日、メルヴィンは二人に空港までついて行き、別れのあいさつをした。メルヴィンはソフィを腕に抱き、こう言った。
「ソフィ、きみという人と、きみがつくる彫刻の美しさによって、きみは世界には何か奇跡があることを人々に示している。そのことを覚えておいて」
ソフィはがそう言ってくれたことに対してメルヴィンに感謝した。美しく、心のこもった言葉だった。ソフィはメルヴィンにこれからも頑張って、あなたの任務が成功することを祈ってる、と言った。それからメルヴィンはナタンに歩み寄ってハグをした。
「ナタン、君の言葉を世界中に広げて、理性だけでは生きられないことをみんなに理解させて、彼らを幻想から解放させるんだ」
「そのためには、あなたの力が僕の大きな助けになるよ」ナタンが言った。
「どうやって?」
「あなた自身の使命を実現に近づけることでね」
そう言ってから、ナタンはソフィに手をやって、二人で飛行機に向かって歩いた。長時間のフライトではなかった。ソフィとナタンはここ数日間の旅を振り返っていた。
「ここで学んだ一番の教訓って何?」ソフィが訊ねた。
「大切なことを沢山学んだけど、一番は魔法の泉に行ったときだね。そこで僕は鋭敏な力を感じた。その力のおかげで、僕たち一人ひとりが、与えられた機会を掴むことで、自分で自分自身の人生を決められるんだということを、これまでになく強く理解することができたよ」
「力を感じた?」
「もっと僕の感じたものをうまく表現する言葉が見つからないんだけどね。で、きみにとって一番の教訓は何だった?」
「あなたが泉で水面に出てきたとき、私たちに起こることすべてのために、私たちは幸せなんだってことがもっと分かるようになったの。自分自身の人生から始まって、私たちに起こることすべては贈り物だって思わないとね」
ナタンはソフィを愛と尊敬のまなざしで見た。お互いに心を開いて、互いの一番深くにある感情を共有していることが嬉しかった。そのとき、ナタンはこれまでにないほどに二人で一緒にいることが幸せだと感じていた。これほどに親密な間柄には他の誰ともなれない、心からそう思った。ナタンはソフィを腕に抱くと、二人は眠りに落ちた。